不気味な物語

  • 国書刊行会 (2018年12月23日発売)
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感想 : 12
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 ステファン・グラビンスキ(1887-1936)は「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家」と記されている。「ポーランドのポー」「ポーランドのラヴクラフト」とも呼ばれるそうだ。なるほど、ラヴクラフト(1890-1937)とはほぼ同世代だ。
 芝田文乃さんさんの訳により図書刊行会から4冊の短編集が刊行され、本書はその4冊目である。作者グラビンスキの詳しいプロフィールについては1冊目の巻末で紹介されているらしい。
 本書に収められているのは当時本国で出版された『無気味な物語』(1922)と『情熱』(1930)という2つの短編集のほぼ全てであるようだ。
 巻頭の「シャモタ氏の恋人」から「お、これは凄いかも」とうなり、次々に読んでいく内に、確かにこれは優れた芸術品と言いうる小説集ではないかとの思いを深めた。
 必ずしも人物同士の会話を必要とせず、しばしば地の文だけでどんどん進めていく筆法はラヴクラフトを思い出させるし、物語内容の感触もちょっと似たものがあるかもしれない。文章はとても読みづらい。ラヴクラフトの場合はただ単に「悪文」と思っているのだが、本書は、さらに頻繁な暗喩が飛び交っていたり、ときには驚くほど凝った言い回しをしていたり、ときおり立ち止まらずに読み進めるのが難しい。たぶん訳も良くない。生硬で、直訳しすぎているように思える節もある。が、原文自体も恐らく、決して読みやすい文章ではないのだろう。
 このような「読みにくさ」を乗り越えて物語の中に引き込まれていくと、そこに拓けてくるのは素晴らしく象徴主義的な眺めである。巻頭の「シャモタ氏の恋人」などの象徴性と暗黒性は、確かにポーを想起させる。
 先日来小池真理子さんのホラー短編小説集を読み、オーソドックスながら、そこにホラーの或る理想的な典型を見つけられるように思っていたが、このグラビンスキはそれとは全く違うやり方で「ホラー世界」を形作っているのだから、私はかなりの衝撃を受けた。
 登場人物や情景やできごとを「それらしく」写実っぽく書いていくという常套手段をグラビンスキは取らない。この作家の「語る主体」はもっと野蛮で激しい。その常識を覆すようなところは、たとえば、或る概念を深く執拗に追求して行くという、まるでちょっとした哲学のような語りが進められる部分があり(特に「視線」
)、しかしそれでいながら、小説-素としてちゃんと自己組織化を繰り広げて「小説」を成していくのだから、これは驚きのシステムである。このようなものを読むと、幻想小説というものが更なる可能性を秘めているようにも思えてくる。
 もっとも、本書の中にはあまり良くはないような作品もあるのだが、それを差し引いても、幾つかの優れた作品の芸術的な美しさ・痙攣性は覆いようがなく、訳も(たぶん)原文も文章としてちょっと読みにくい・手こずるところはあるものの、更にこの作家の本を読んでいこう、と決めたところだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2022年4月27日
読了日 : 2022年4月26日
本棚登録日 : 2022年4月26日

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