いつも「時間がない」あなたに: 欠乏の行動経済学

  • 早川書房 (2023年9月29日発売)
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ハーバード大の経済学教授とプリンストン大の心理学教授による共著で、行動経済学をテーマとしたもの。原著は『Scarcity: Why Having Too Little Means So Much』。「欠乏」がいかに人の認知能力をむしばみ、抜け出すのが難しい罠に陥らせるかを説く。

本書にはその事例がいくつも挙げられているが、もっとも印象的だったのはインドのサトウキビ農家に行った調査。手持ちの金が少なくなる収穫前は、いつもよりIQにして13ポイント程度の認知能力の低下が見られるという。日本には「貧すれば鈍する」という諺があるが、まさにその通りのことが起きているのが証明された。

時間や金銭の貧困は我々の処理能力の「バンド幅」を奪い、意思決定能力や生産性を低下させる。すると直前のタスクにのみ気を取られ、長期的な計画や目標を軽視しがちになる。そうなれば突発的な事態に対処できず、先送りや借金を繰り返す羽目に陥ってしまう。

この問題に対処するには自分のバンド幅の限界を自覚して事前に策を講じることの他に、「スラック」を確保することの大切さを強調している。余裕やゆとりを意味する言葉で、スラックがあれば予想外の事態が起きても「火消しの罠」に陥ることなく切り抜けられる。

セントジョーンズ病院では従来、常に手術室を予約で埋めていたのを一室だけ緊急手術用に空けておくことにしたところ、緊急手術の患者の死亡率は10%以上下がり、院全体での年間の手術数も10%前後増えたという。

本書から導かれるのは忙しい人や貧しい人ほど余裕とゆとりを持つべきという逆説的な主張だが、これも経済学の知見は直感に反するという好例かもしれない。スラックの大切さは、これからの人生に心に留めておきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 哲学・心理学
感想投稿日 : 2023年11月5日
読了日 : 2023年11月5日
本棚登録日 : 2023年10月6日

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