入浴の女王

著者 :
  • 講談社 (1995年9月1日発売)
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本棚登録 : 15
感想 : 3
4

江戸風俗研究家でもあり、漫画家でもあった著者が、担当編集者とともに、各地の銭湯に入り、土地の人の話を聞き、酒盛りをして楽しもうという雑誌の企画をまとめたもの。1994年から95年に掛けてのものである。
単なる紀行文ではない。観光ガイドでもない。「風呂ぃ入って一杯やって」とまぁ、ある意味、それだけの話である。
各土地ごとの女性の裸の特徴や、銭湯を取り巻く人たちの話、そこから広がる江戸の話も抜群におもしろいが、著者傍白部分にパンチをくらった。

書影がでないが、表紙は著者による女性の入浴姿である。表は色っぽいお姐さん、裏は骨張ったおばあさん。これがこの本の内容を非常によく象徴している。
銭湯を語りながら、酒を語りながら、著者が実際に語っているのは生きることそのものである。
艶のある洒脱な文章の間には、時折、虚無がちらつく。江戸前の粋と無常が混在している。「宵越しの銭を持たねぇ」のは、明日どうなるか誰も知ったことではないという潔さなのか。
自分もまた有限の存在であることを知っている、覚悟のようなものが全編に漂う。

著者はこの時点で、死病を得ている。あからさまには書かれてはいないし、安易に裏を読むのもどうかとは思うが、金沢の民話の話、早稲田の項で医療センターに言及する箇所、生まれ変わったら何になりたいかという話など、ところどころに病の影がちらつく感じがある。
生に執着しないようでいて、どうしようもなくじたばたするときもある。
死に神に啖呵を切ることもあれば、ぐずぐずに挫けることもある。
だが、自らの中のアッパレな潔さとあからさまな未練をすべて引っくるめて、そのまま、とーんと引き受けている。
遊女の後朝の話はしみじみと読ませる。金蔓ならば「おさらばヱ」と肩を叩いて送り出せるが、間夫との別れはつらい。いっそすべてを割り切れれば楽かもしれないが、間夫なくて、人生に何の楽しみがあるだろう。
虚無は、決して、はっきりと死期を予期させられた人だけのものではない。誰だって明日はどうなるかわからない。だから「宵越しの銭」を持っていても仕方ない。出会ったものを愛でよう。生を謳歌しよう。
つまりはそういうことを思わせてくれる本でもある。

すごい迫力だ。姐さん、恐れ入りやした。


*ちょっとだけ志ん朝さんが登場する。だからというわけでもないが、何だか『平成狸合戦ぽんぽこ』を思い出した(志ん朝さんがナレーターだった)。滑稽でかわい気があって、何だかよくわからぬままころっと死んでしまったりする、間抜けで愛すべき狸たちの物語。笑いの途切れた瞬間に流れる、そこはかとない虚無の香りがよく似ている。

*連載終了間近が阪神淡路大震災だった。最終回は震災後の大阪の銭湯である。

*著者が舞妓さんの裸に遭遇した四条木屋町の明石湯は今はもうないようだ。残念。ちょっと入ってみたかった。でも自分なんか行ってもたじたじかもな(^^;)。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2012年1月2日
読了日 : 2012年1月2日
本棚登録日 : 2012年1月2日

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