不意撃ち

著者 :
  • 河出書房新社 (2018年11月7日発売)
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本棚登録 : 148
感想 : 23
3

人生には時折、予測不能な出来事がある。出会い頭の事故のような「不意撃ち」が、時として、人生の流れを大きく変えていく。そんな短編集。

「渡鹿野」。デリヘル嬢のルミと、送迎ドライバーの左巴。顔見知りではあるが、店の決まりで特に話をしたこともなかった2人は、仕事中に遭遇したある事件がきっかけで連絡先を交換する。2人は徐々に、互いの過去や将来の夢を語り合うようになる。やがてルミは姿を消すが、しばらくして、お伊勢さん近くの島にいるとメールが来る。
渡鹿野はかつて売春島として知られた地である。
流れ流される男と女、風に舞って消える儚い縁。

「仮面」。神戸に住む甲斐。かつて、神戸の震災の際にボランティア活動をし、NPO法人を立ち上げた。だが時を経て、資金繰りに追われるようになっていた。そこに東日本大震災が起こる。ともに運営に当たっていたかすみ、そして2人のボランティアを連れ、東北へ向かうことになる。追い詰められていたかすみには、1つの企みがあった。それに薄々気づきながらも、かすみに押し切られる形で、甲斐は被災地へと赴く。
因果応報と言えばその通りだが、甲斐らの旅を締めくくるのは鮮烈で皮肉な幕引きである。

「いかなる因果にて」。主人公は作家である。以前、彼の目に留まった事件に、「元厚生事務次官自宅連続襲撃事件」があった。元厚生省事務次官の自宅が襲撃され、家族を含めて2人が死亡、1人が重傷を負うという事件である。犯人は子供の頃、飼っていた犬が誤って野犬狩りで殺されたことを恨んでいた。その管轄が厚生省だったと誤解した(実際には環境省)ことから起こした事件で、いわば何の責任もない職員が殺傷された形である。これとは少々異なるが主人公にも昔、「何の因果で」と思うような経験があった。正確にはそれは同級生に起きたことであったのだが。
あるものが見れば、そこに確かに「因果」はあるのだが、他人からすればまったく関係がわからないような出来事がときにはある。波一つない水面下での事件をじっと見つめる作家の目。

「Delusion」。大学病院の精神科を1人の女性が訪れる。宇宙飛行士の猿渡由紀子である。由紀子は宇宙でのミッションを終え、地球に帰還していた。実は彼女は宇宙から戻って以来、「予知能力」のような不思議な力を持つようになってしまったのだと言う。
舞台を近未来に設定した少々SFめいた作品。アイディアはそれなりにおもしろいのかもしれないが、個人的には、作品としてあまり成功しているようには思えない。

「月も隈なきは」。奥本さんは出版社を定年退職した初老の男性。特に大きな問題もなく勤め上げ、妻との夫婦仲も良好である。妻はカルチャーセンターの講師を務める傍らボランティアに精を出し、娘もNPO法人で生き生きと働いている。奥本さんは将棋や山歩きにいそしみ、悠々自適の年金生活だが、彼には1つ、秘めた願いがあった。
「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは」(徒然草・下・第百三十七段)。
果たして、欠けることのないことは本当に「幸せ」なのだろうか。人生にはどこかで「運命の不意打ち」を食らうことがあるのではないだろうか。
どこか現実味のない不安に駆られる男。そんな彼が「らしくない」行動に打って出るのだが。
結局は妻と娘の方が上手であったというような、幾分ユーモラスな味わいもある。本書中では最も後味がよいように思う。

現実の事件や、映画、文学作品が時折クロスオーバーする。いわば「借景」のように時代背景や作品世界も取り込んでいるところがこの著者の魅力の1つであるのかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2019年4月11日
読了日 : 2019年4月11日
本棚登録日 : 2019年4月11日

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