世界で一番美しい分子図鑑

  • 創元社 (2015年9月3日発売)
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『世界で一番美しい元素図鑑』の姉妹編。原題は"Molecules - The Elements and the Architecture of Everything"

前作に続き、スタイリッシュで美しい。そして目の付け所が面白い。
前作の元素バージョンは、周期表に沿って元素を説明していた。元素の数は現在発見されているもので115程度である。原子は、理論的には大きくなればなるほど不安定になり、さらには存在不能になるはずなので、元素の数は事実上は有限である。
対して、分子となると、それぞれの元素を制限なしに使えるとなれば、組み合わせは膨大である。アミノ酸がつながったタンパク質をはじめ、分子の小さな部品がつながってより高次の大きな分子を作る例も多くある。「無限」と言ってしまうと語弊があるが、控えめにいっても元素とは「桁違い」の種類となる。
複雑多様な「分子」の世界をどうまとめてどう紹介するのかが腕の見せ所となる。本書では、分子が作る物体・物質の外見や分子式・分子模型で説明していく。
有機・無機、天然・合成、白・カラーといった対比から、それぞれの違い・特徴が見えてくる。繊維、鎮痛剤、甘味料と同じ括りに入れられるものの中に、実は根本的な違いがある場合もあるという着眼点もおもしろい。ちょっとシニカルで斜に構えた解説がスパイシーで楽しい。

特におもしろかったのは繊維の話。
植物が作る繊維は糖で出来ている。多くはセルロースで、グルコースがつながって出来たものだ(*微生物以外の動物は通常、セルロース消化酵素を持たないため、草に含まれるセルロース繊維を食べても栄養とすることが出来ない。牛などの草食動物は腸内細菌の助けによって分解してこれを栄養とし、それをさらに人が食べるわけである)。
これに対して、動物が作る繊維は、タンパク質である。爪や髪、ウールなどはケラチンである。蚕の絹は、毛とは幾分異なり、フィブロインと呼ばれるタンパク質である。
合成人工繊維の場合、エチレンやプロピレンといった炭化水素がたくさんつながったポリエチレンやポリプロピレンといったものがよく使われる(「ポリ」は「多」の意)。天然繊維の優れた性質を安価に再現できるのが合成繊維の強みである。
岩石系の繊維というものもある。有機化合物が大半である他の繊維と異なり、こちらは無機化合物である。鉄がウール状になったスチールウールは理科の実験で使った人もいるだろう。グラスファイバーは、断熱材として、またプラスチックの強化材として使用される。アスベスト(石綿)もこの仲間だが、甚大な健康被害が生じてしまった。耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性に優れていて安価であったため、広く普及したのだが、後に肺に蓄積して中皮腫などを引き起こすことが判明した。細かい繊維が分解されないまま溜まっていってしまうのだ。危険性が判明したのが大規模に使用された後であり、さらには病変が長い年月を掛けて出てくるものであったため、被害が大きくなってしまったのは残念なことである。

トピックの中に、トリビアも満載なので拾い読みも楽しい。
例えば、「お金(硬貨)の匂い」というけれど、実はお金には匂いはない。匂いというのは揮発性物質から生じるもので、当然のことながら、金属には揮発性成分は含まれない。ではあの独特の匂いは何かといえば、お金にさわった人の皮脂の成分が分解されたものなのだという。お金の匂いは人の匂い。何だかちょっと生臭い。もしかしたら欲望成分も混じっている、のかもしれない。

1つの切り口が、さまざまな分子の知られぬ一面を引き出し、それがまた広がりを見せていく。教科書的でない、ざっくりした視点が、分子の奥深い世界を縦横無尽に俯瞰していく。
理系の人はもちろん、亀の甲は苦手という文系の人も、楽しく読めて意外な発見がありそうな1冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2015年12月12日
読了日 : 2015年12月12日
本棚登録日 : 2015年12月12日

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