結果を出すリーダーはみな非情である

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  • ダイヤモンド社 (2012年10月26日発売)
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・そもそもリーd-あシップは、管理職になった後に鍛えるものではない。若い課長クラスのうちから、自分が社長のつもりで決断し、実行するスキルを磨くべきなのだ。それも、リアルにタフな状況において、若いときほど、失敗のコストは小さく、同時に、失敗からの学習能力は高い。

・リーダーに不可欠の条件はそんなに多くないが、外せないのは「合理的思考」力である。これは、いかなる場面でも必要になる。逆に社長になってから鍛えようと思っても、一朝一夕に思考のクセは直らない。

・大きな変化が起こるときは、上層部でそういう志をもっている動いているリーダーがもちろんいるわけだが、上と下の力がうまく共鳴しないと社会を動かす歯車は大きく転回しない。特に日本の場合は、共生型、共同体型の村組織社会のため、トップダウンで上からの改革を進めようと思っても、なかなか変わらない。ミドル層にいるリーダー型人材、つまりミドルリーダーこそが日本型改革のエンジンなのだ。

・上部構造では決められない難しい問題ほど、現場レベルで決められる場合が多い。幕末の維新の雄藩でも、島津候も毛利候も決められない問題については、西郷や大久保、桂に「よきに計らえ」となったわけだ。

・日本は現場力が優れているがゆえに、トップの意思決定力がなくてもこれまでなんとかなってきた。だがそれは、みんながゴールを共有できた右肩上がりの時代の話。現場力への過剰な依存が、今の停滞を招いているとも言える。

・将来、トップリーダーを目指すミドルリーダーは、現住所、を現場リーダーに置きつつも、マインドセットの本籍はあくまでもトップリーダーに置いて、戦略的な意思決定、現場の中に軋轢を生むような決断からも逃げず、「中間経営職」の職責にあたるべきだろう。

・今の日本で、失敗に不寛容な企業、失敗した経験がないリーダーは、極めて競争力が低い。

・日本は今有事なのだ。有事に戦闘経験がない、失敗の経験がない者がリーダーとして活躍できるはずがない。

・私がみてきたダメな経営者というのは、圧倒的に上に流される人が多い。一方で、情に背を向けて合理にひたすら突っ走る人もうまくいかない。だから誰よりも真剣にその問題を考え尽くし、悩み尽くしたうえで、最後にはなんとか折り合いをつけていくしかないのだ。

・社長は鳥の目で会社をみており、現場は虫の目で仕事に取り組んでいる。その両方の視点を持つには課長クラスが一番よいポジションだ。

・ミドルリーダーを志向する課長より、社長(トップリーダー)のような課長を目指すべしだ。逆に、決して「課長らしい課長」、「部長らしい部長」を目指してはならない。

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感想投稿日 : 2014年8月8日
読了日 : 2014年8月8日
本棚登録日 : 2014年8月8日

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