ゴリラの森、言葉の海 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2021年10月28日発売)
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人間の独特の能力であるフィクションを駆使して世界の可能性を紡ぎ出す作家と、サルやゴリラを通して人間を理解しようとしている研究者。この対比は、巻末に紹介される両者の往復書簡にて、研究者側が表現したものだ。本著はまさに、霊長類が保有する物語や現前性について、それを比較探求する事で真理に触れんとする試み、或いは、その探求や比較の楽しさを伝える本だ。

例えば、子殺しの意味について。社会生物学的に解釈すれば、自分の子どもを殺したオスは、自分の子どもを守れなかったオスより強い。だから一層、これから作る子どもを守ってくれるに違いない、とメスが見なす。こうした仮説は、人間側が自らの感性でゴリラ側に当て嵌めた物語だが、その証拠も出てきているとの事。そこには進化論的意義、遺伝子の利己性と共に、種全体の社会的関係性が関与する。メスが抵抗仕切れない肉体的差異とか、殺しが容認される社会形態とか、それでも全滅はしない合理性とか。他にも、オランウータンを除く昼行性の霊長類では、メス単独、メスだけの集団は存在しないが、オスは単独やオスだけの集団は見られるなど。

では人間は。人間ばかりが、自然に反する独自の物語を用いて、その自然状態を意識的、持続的に変更させていく。フィクションはまさしく人工物であり、言葉の意味を組み合わせる事で、複雑な社会形成を可能にした。同じ日々を繰り返す霊長類と、日々の変化を積み重ねる霊長類の差。その原点としての言葉の海という表現は、まるで原始の海がシアノバクテリアから多様性を構築したように、一方では、変わらぬ森と共に生きるゴリラの対比。二つのアプローチによる書。素晴らしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年5月3日
読了日 : 2023年5月3日
本棚登録日 : 2023年5月3日

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