前半の内容は佐々木実による『資本主義と闘った男』とほぼ同じ。復習にもなるし、理解を深める役に立つが、基本的には宇沢弘文の生い立ちから学者としての半生、理論形成に影響しただろう人間関係について。違うのは自叙伝である事。本著も佐々木実ね取材内容もどちらも読む価値あり。
宇沢弘文の主張を理解するために重要なキーワードは、社会的共通資本。社会的共通資本とは国ないし特定の地域に住むすべての人々が豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置。それは教育を始めとする社会制度、自然環境、道路などの社会基盤の三つによって構成される。一貫して宇沢は経済による社会調和を重視する。
象徴するようなエピソードを引用したい。著者は1983年文化功労者となり宮廷に招待された。
ー文部省で行われた憲章式の後、宮中で天皇陛下がお茶を下さるという。陛下の前で今まで何をしてきたかを順番にお話しする。私はすっかり上がってしまい、ケインズがどうの、それがどうしたとか、自分でもわけが分からなくなってしまった。すると昭和天皇は身を乗り出され、「君。君は経済、経済と言うけれども、要するに人間の心が大事だと言いたいんだね」とおっしゃった。私はそのお言葉に電撃的なショックを受け、目が覚めた思いがしたー
実の娘が医大を出た。自らも経済学者を志す前には、医者になる事を夢見た事もあり、しかし断念。後年、やはり医師になろうと娘に話した際、娘から「60歳半ばを過ぎてから医師になってもほんのわずかな年月しか医師として働くことができない。医師一人を育てるのにどれだけ社会的費用がかかっているか」と言われ、自らの不明を恥ながらも、娘の論に喜びも感じたという。ヒポクラテスの誓い。医師の職業倫理として最も基本的な患者に尽くすべき精神性を宇沢は経済学に見出したのではないか。
後半は経済理論について。学ぶ事は、それぞれの体験を通した情動や動機に左右されながらも、いつまでも尽きない。
- 感想投稿日 : 2023年1月2日
- 読了日 : 2023年1月2日
- 本棚登録日 : 2023年1月1日
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