ドストエフスキー全集 1

  • 筑摩書房 (1963年1月1日発売)
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5

●プロハルチン氏

ドストエフスキーの第3作。
1846年。25歳。

短編だが、ゴタゴタしていて、なにを書きたいのかわからない作品。
多人数が登場する場面は、状況をつかみずらい。

当時は検閲制度があって、かなり削られてしまったと作者がこぼしているので、そのせいもあるだろう。
ただ、世に出た作品としては、失敗作。

デビューは華々しかったが、2作目「二重人格」の不評、3作目「プロハルチン氏」は失敗作となれば、「メッキがはげてきた」(p487 あとがき)という評判もむべなるかな。

1作目から3作目まで、主人公は、いずれも官等が低い役人。
士官学校を卒業後、1年間の役人勤めしかない作者としてみれば、知っている社会はそこしかないわけである。

若くしてデビューした作家が作品を書き続けていくうえでは、社会経験の薄さが課題となるだろう。
ドストエフスキーにあってもそれは同じ。
どうやってそれを乗り越えていくのだろうか。


●九通の手紙からなる小説

第4作目。
1847年。26歳。

若い作家が乏しい社会経験を補って作家生活を続けていくためには、技巧的な小説、小説のための小説を目指すという方向性があるだろう。

社会生活を描く方向性は取れないので――すでにネタはつきているし、あえて書いてもデビュー作の二番煎じにしかならない――あとは、幻想的・ロマン的な小説をめざすか、思想色の強い論文的な方向にいくしかないだろう。

この作品は技巧面を目指したものと思われる。

だが、読後感は「だからどうした」というもの。
読んでも読まなくても同じ。
どちらかということ、読まないでもいい作品。
ということは失敗作である。

彼への評価もだんだん厳しくなってきた。

さて、偉大な作家の作品であっても、こうした失敗作は、個人全集の中でしか読むことができない。
そういうものを読んでみるのも、全集を読む楽しみの一つである。


●おかみさん

第5作。
1847年 26歳。

デビュー作「貧しき人々」を激賞した当時の権威ある批評家ベリンスキーに、「自分たちはドストエフスキーが天才などととんだ自己欺瞞に陥っていたのだ」と言わしめた、「奇妙な作品」、「わけのわからない作品」(p488)。

訳者もその意見に同感のようだが、そうは思えない。
主人公は貧しくはあるが、遺産で細々と暮らしながら学問で身を立てようとしている孤独な青年。勤め人と違って時間を自由な時間をたっぷり持っている点では、現代のフリーターや大学生と同じで、その点、当時新進作家であったドストエフスキーも同様なので、これまでとは違って、作者の境遇に近い人物を主人公に選んだわけである。

主人公オルドゥイノフが新しい借家を探すことになり、ペテルブルグの街を彷徨するところから物語は始まる。どこか「マルテの手記」を思い出させる都会の描写だが、20世紀初頭のパリの暗澹とした索漠さと、そこに住む主人公の孤独と疲労感を描いたリルケと違って、陰鬱なペテルブルグを描きながらも、主人公が希望に満ち溢れているのは、弱冠25歳というドストエフスキーの若さのゆえだろうか。あるいは爛熟したヨーロッパ文明に較べれば粗野で未開にとどまっていた19世紀ロシアの野人的活力のせいだろうか。

ふとしたきっかけで、老商人を夫に持つ美しい人妻カチェリーナと出会い、その家に間借りすることになる。オルドゥイノフとカチェリーナの、ロマンスというにはあまりに激しい感情と興奮。二人の会話は、優しい情愛の交流ではなく、被膜のない神経同士が触れ合う火花といったほうがふさわしい。しかし、燃え上がった恋情の物狂おしさと甘美さと苦痛を迫真的に描き出す作者は、いつ、どこでそういう体験をしたのだろう。そういう体験がなければ、芸術家としての天稟だけでは、このような場面は描き出せないはずだが。

ドストエフスキーはこのころすでにペトラシェフスキーが主催する革命結社(といっても、集まって反体制的な話をするだけの知識人サークルに過ぎないが)に参加していたはずだから、そこで誰か、革命に燃える美しい娘とでも知り合ったのだろうか。いや、このサークルは男性ばかりなので、それは考えられない。だとすると、人気作家としての彼を慕う上流階級の娘の誰かとでも密かに恋に落ちたのだろうか。そういう記録はどこにも残っていないようだが、いずれにしろ、想像だけで、恋愛の興奮と拒絶の悲痛さをあれだけ見事に描き出せないだろう。

ドストエフスキーの描く女性は、非常にリアルだ。彼の若さを考えれば、表現の具体性は、驚くべきことである。処女作の「貧しき人々」のワルワーラにしてからが、貧しいけれども素直なオボコ娘に描いてあるように見えるけれども、よくよく考えてみると、じつはひじょうに厚かましいというか、なんというか、女ならでは、としかいいようのない行動をとる。とくに、若い女性が、自分のことを気に入っているに違いない善良な男性に対して、いかにもそういう態度をとるだろうというような態度をとる。

たとえば、中年の冴えない下級役人であるマカール・ジェーヴシキンが身分不相応な貢物をして、貧しい生活がますます貧しくなっていくのを知って厳しくたしなめるのであるが、いざ彼女自身が困るとなると、手の平を返したように、ぜひ借金してくれと催促する(それも、かって自分と関係あった男から逃げようとしてである――マカールとしては自分の恋敵を負かすための金であるから、断るなんてことは考えられない。絶対命令である。それをわかっての依頼というところに、意識的か無意識的かは別にして、愛情がらみの場面での女性特有の計算高さが見える)。
あるいは、あれだけ恐れ、嫌がっていたブイコフと結婚するとなった途端、豪華な結婚式を挙げるための買い物にマカールを顎でこき使う。哀れなマカールは役所を休んで刺繍入りのハンカチを買うため街中を飛び回る。それも恋敵ブイコフのため。こういう依頼を平然とするワルワーラの無神経さもそうとうなものだが、もともと女とはそういうものである。手紙の中では、悪党のブイコフを恐れて逃げ回っているなんてことをいっているが(それはそうだろう。好意を寄せているマカールに対しては、そう書くしかないわけである)、実際はどうだったか、自分と結婚したがっている金持男に対して、貧しい女がどういう思いを抱いていたのか、どういう会話があったのか、分かりはしないのである。ドストエフスキーは、女性のこの現実的な態度を、いったい、いつ、どこで学んだのだろう。

この「おかみさん」という作品でも、青年オルドゥイノフと夫である老商人のどちらを選択するかというぎりぎりの瞬間、激情にかられた主人公に対し、カチェリーナが突然、深い軽蔑の視線を投げつけ絶望させるという恐ろしい場面がある。こうした非道ぶりは奔放な美女に似つかわしい。どうしてこんなことを知っているのだろうか。よほどひどい目にあったに違いないのだが、そのことに触れている伝記はないのではないか。不思議である。

物語は、作者にひきずられてぐんぐん進む。読者もそれに引きずられて最後まで読み通す。激情と興奮しかないような物語だが、それだけで最後までもっていく力量はすばらしい。読者を引きづってでもページをめくらせる力というのは、小説家なら、だれでもが欲しがる才能だろう。

サマセット・モームは「世界の10大小説」のなかで、ジェーン・オースティンが持つ「大した事件が起こらないのに、ページを繰らずにはいられない」文章を書く才能を、希有の才能として褒め称えていたが、ドストエフスキーは力ずくである。ロシアの暗い森のなかを、後ろから恐ろしいなにかが迫ってくるような恐怖で煽り立てながら、読者を先に先に追い立てる。このひきずってでも読ませる力がなければ、後年の、あの分厚い小説群は、広くは読まれなかっただろう。そうした天分をここで見せつけている。作家としてのむき出しの才能を見せた中編といえるだろう。

ただし、それだけ、ということはいえる。興奮だけの作品。それを入れる枠組み、土台がまだできていない。後年の長大な作品の一部としてもおかしくない作品であるが、まだ入れ物ができていない。それゆえ、どこに向かっているのか分からない「奇妙な作品」「わけのわからない作品」というベリンスキーの批評は当たっているのだろう。

最後にタイトルに関して一言。
この熱病にかられた青年の精神の昂揚と破局の物語のタイトルとして、「おかみさん」はいかがなものか。
あまりにのんびりしすぎたタイトルで、間抜け感がただよう。まるで、「悪霊」を「こわいおばけ」と訳したときのような違和感。
せめて他の訳者のように「家主の妻」とできなかったものか。

どうも訳者の小沼文彦氏は、タイトルに限っていえば、センスがなさすぎだと思う。
「貧しい人々」は、通常訳されるように「貧しき人々」の方がいいと思うし、「二重人格」より「分身」がいい。
この後出てくる「弱気」も、「弱い心」の方がいいと思う。


●ボルズンコフ

第6作。
1848年。27歳。

ドストエフスキーの小役人シリーズ。
短編。
可もなし不可もなし。
読んですぐ忘れる類の作品。


●弱気

第7作。
1848年 27歳。

幸せな婚約に舞い上がった挙句、仕事が手につかず、仕事の締め切りのプレッシャーに押しつぶされてしまう気弱な若者の話。

仕事が気になりつつ、ついつい脇道にそれてしまう主人公の言動は誰しも共感できるところ。逃避にすぎないのだが、仕事が重要であればあるほど、そうなってしまいがちである。

それにしても主人公ワーシャと友人アルカージイの友情を歌い上げるシーンは、手放しすぎて、こちらが恥ずかしくなるぐらいだ。ふたりとも酔っぱらっているんじゃないかと思ってしまうが、素面なのが恐ろしい。感激症もいいところ。ロシアの若者というのは、こういうものなのだろうか――それに、男同士で5年も共同生活を送るというのは、貧しければ仕方ないかもしれないが、なにかといえばすぐ抱擁しあうというのは、われわれの感覚では信じがたい。

印象的なのは、ラストシーン。
ドストエフスキーは、心理描写の作家と思われがちだが、風景描写も、本人がその気になれば、じつに印象的だ。
「貧しき人々」でも、ワルワーラが少女時代を回想するシーンで、田舎の牧歌的生活が美しく描かれていた。

親友ワーシャが亡くなった後、アルカージイが家路につくシーン。

「二ェヴァ河のそばまで来たとき、彼はしばらく足をとめて、河下の寒さにどんより濁った、煙ったような遠景に、突き刺すような視線を投げた。靄のかかった地平線にいまや燃え尽きんとしていた血のような夕映えの最後の濃紅色の輝きに、不意に夕空があかあかと燃え立った。夜のとばりが音もなく町の上におり、凍った雪のために盛り上がった、広漠としたニェヴァの河面は見わたすかぎり一面、名残りの夕陽に照り映えて、幾千万とも数知れぬ針のような霜の火花を散らしていた。零下二十度の寒さが襲いかかろうとしていたのだ。めちゃくちゃに追いたてられる馬からも、走って行く人からも、凍ったような湯気がもやもやと立ち昇っている。ひきしまった空気はほんのわずかな物音にもふるえ、河岸通りの両側に立ち並んだ屋根という屋根からは、まるで巨人のような煙の柱が立ち昇り、途中で互いにもつれあったり解けたりしながら、冷たい空を上へ上へと昇っていく。そこでそれを見ていると、まるで新しい建物が古い建物の上に浮かび上がり、新しい町が空中に形づくられてゆくように思われるのだった…。」(p445-446)

そのあと不思議な描写が続く。

「さらにまた、この全世界が、強弱とりどりのその住人もろとも、またあらゆる住居――この世の強者の慰めである金殿玉楼、あるいは乞食の掘立て小屋にいたるありとあらゆる住まいもろとも、この黄昏時にはすべてなにか空想的な、魅惑にとんだ幻か夢のようなものに思われ、その夢は夢でいまにも消え去り、青黒い空に煙となって雲散霧消してしまうようにも思われた。」(p445-446)

それに続いてアルカージイの内面に起こった出来事。

「いまは一人ぼっちになった哀れなワーシャの親友の頭に、ふとなにか奇怪な想念がおとずれた。彼は思わずぎくりと身をふるわせた。するとその瞬間彼の胸は、なにか力強い、だがいままで味わったことのない感覚の流入によって、突然さっと沸き立った血潮の熱い奔流にみたされたような気がした。なんだかやっといまこうした不安の全貌がつかめ、そして哀れな、その幸福をもちこたえることのできなかったワーシャが、なぜ発狂したかという理由も、はっきりのみこめたように思われた。彼の唇はわなわな震え、その目は急に燃え立った。彼の顔はさっと青ざめ、そしていまこそなにか新しい事実を見破ったようであった…。」(p446)

そして、次の文章が続く。

「彼は気むずかしい、面白くない男になり、それまでの快活さもすっかり失ってしまった。」(p446)

かれは何を理解したのだろうか。
かれが把握した「不安の全貌」や「ワーシャが、なぜ発狂したかという理由」というのは、どんなものだったのだろうか。
なぜその後気むずかしい男になったのだろうか。

考えてもよくわからない。

しかしこの最後の部分によって、この作品は強い印象を残すことになった。

【追記】
当時ドストエフスキーは、ペトラシャフスキーのサロンで、フーリエやサン・シモンらのユートピア社会主義を議論していて、当然当時のニコライ一世による帝政には対しては、反体制的立場をとっていた。この年の2月にはフランスで2月革命、3月には、プロイセン、オーストラリアなどでも革命が起こっていたので、仲間内に議論もさらに盛り上がっていただろう。

一方、検閲制度が厳しかったので、批判めいたことは書けなかった。実際、「プロハルチン氏」は、検閲でズタズタにされたようだ。
とすると、間接的な表現で示すほかはない。
「まるで新しい建物が古い建物の上に浮かび上がり、新しい町が空中に形づくられてゆくよう」というのは、今の社会ではなく、別のあるべき社会があるのではという彼なりの批判的表現だろうか。また、アルカージイがぎくりと気がついたのは、この社会の非情さと矛盾であり、かれが気むずかしい、面白くない男になったのは、そうした社会を覆すことのできない己に対する失望からだろうか。

そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
いずれにしろこの作品は、そうした深読みをうながす、余韻を残す終わり方になっている。


●正直な泥棒 ―無名氏の手記より―

第8作。
1848年 27歳。

佳作。
酒で破滅した老人は、ドストエフスキーの作品の中で、たびたび出てくる。
この作品のイェメーリャは、その最初の出現である。(「貧しき人々」でも、そのマカール・ジェーヴシキンの酒飲み友達として出てくるが、まだここまで悲惨ではない)

酒によって頭と生活が破壊され、浮浪者同様の生活を送る人間。
今も昔も、都市では、そういう人間を多数みかける。
そういう存在であっても、人間であるという真実。
それをリアル描ける作家というのは、いったい、どこから、どういう視点で人間を見ているのだろうか。

ドストエフスキーというと、陰鬱で重厚な作家というイメージがあるが、非常な心優しさとナイーブさがなければ、こういう作品は書くことができないだろう。

●クリスマス・ツリーと婚礼

第9作。
1848年 27歳。

短編。
成功作といわれたそうだが、どうということはない作品。

ドストエフスキーには、作品が短くなるほど、デキが悪くなるという法則があるようだ。
長編が得意で、短編がへたくそというだけの話だが。

これで、筑摩書房版「ドストエフスキー全集」第一巻がわり。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本 :小説
感想投稿日 : 2020年5月28日
読了日 : 2015年3月14日
本棚登録日 : 2020年5月28日

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