冷血(下) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2018年10月27日発売)
3.37
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感想 : 55
4

第三章「個々の生、または死」
第三章「○○」のような名詞でスタートするのだとばかり思っていたので、三章のタイトルだけで何かに打たれたような思いがした。
犯人が捕まっておしまい、ではなく、その後を丸々下巻に充てた高村薫さん。
一人一人の思いにぐーっと焦点をあてていくような作風が色濃く出ている。

上巻にあった、
「機械が強盗に及んだような無機質な現場の様子と、事件前後のホシ二人の様子の間の距離が、捜査が進むにつれてどんどん開いてくる感じ…………それが一段と顕著になった」
の距離を埋めるべく、戸田・井上の聴取は進む。
戸田は歯痛の治療を受けたものの、中長期的には再発の可能性ありとされる。
井上はといえば、"相変わらず机に張りついたナマケモノ"のようであり、"心身のギアはなおも一速に入ったまま"だ。

でもここへきて井上の精神疾患の有無が浮上する。
あらら…上巻から感じてた不安定で危なっかしい感じはそのせい???
どうする、合田。

それに下巻では、世間から見た被害者家族や、捜査員たちの燻された事情など、違った背景も描かれる。

正直、戸田と井上が辿る結末は予測出来てしまった。
被害者遺族の反応も然り。
そして裁判所の罪状などが慣れていないせいで読みづらく、必死で文字を辿った感じだった。
その為、下巻は☆3かしら?と思いながら読んでいた。

それが私の中でひっくり返ったのは、ラストもラスト、436ページ後半からだった。
情が厚いと言うと言葉が薄っぺらいけれど、こうして揺らいでしまうところが合田の魅力なんだよなぁ。
事件が自分の手を離れてからも頭を離れず、手紙や文庫を贈ってしまうところ。
こういうところが無かったら、今も最前線で現場に立ってギラギラした感じでいたのかもしれない。
だからこそ農作業に打ち込む合田がいるのだろうけれど。

私の気持ちは429ページ「2005年 夏」から波立っていた。
(戸田の件あれこれでも切なくなっていたが。)
合田の手紙に対し、たまに送られてくる井上からの返事。
ここまで読み進めてきた私は、それ以前に記訴状などが並んでいたせいもあってか、フィクションなのかノンフィクションなのか分からなくなるような気分に陥った。(またいつもの、入り込みすぎ 汗)
いやフィクションなのだけど、井上克美という人物の存在が、読み終えてから暫く心を掴んで離さなくて、実在しない人物が脳裏から離れなくて、
帯に書かれていた「"罪と罰"を根元から問う」との文言が、ここへきて急に重みを増したように思えた。

そして急に泣けてしまった。
残された井上に関して、もっと何とかならなかったんだろうか。
いや、あれだけの罪を犯したのだから、あれでも精一杯何とかなったと言っていいのだろうか。
危なっかしい精神状態で、稚拙で自分勝手で、眼が合っただけで何度もスキを振り下ろすような罪人なのに、悲哀を感じてしまった。
「刑事さんにはマジで感謝しています。」
「キャベツ食いてぇーーー!」

戸田と井上は罪に見合った裁きを受けるべきではある。
ただ、タイトルの『冷血』は戸田と井上なのか、
1回も公判に訪れることもなかったうえで、被疑者を殺してやりたいと言った遺族なのか、
ベルトコンベアーのように起訴へ持ち込んだ警察か、
戸田が運ばれたICUの医師か、
戸田と井上を囲む親族か、
こんな事件でさえ時と共に忘れ去る社会か、
あるいは死刑という刑罰の存在か。。。
私には分からなくなった。
おそらく全てなのだろう。

合田の言葉が胸に残った。
『支援団体もない貴君の近況が外に伝わってくることはないこの現状は、折にふれて貴君のことを考える外の世界にとっても、実に孤独です。』



個人的に、読んでいて"とまれ(=ともあれ)の多用"が目につき、少々読みづらかった。
私自身が"とまれ"を使わないからかもしれないけれど。
合田が考えを巡らす際に"否"も多用されていたが、何故かこちらは気にならず。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年12月4日
読了日 : 2023年12月4日
本棚登録日 : 2023年12月4日

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