お医者さんにガーベラ (プラチナ文庫)

著者 :
  • フランス書院 (2010年1月8日発売)
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感想 : 33
5

タイトルに惹かれ、裏のあらすじを読んですぐにレジに持って行ったのに、読了したのはそれから一か月以上も経ってから。
そんな自分の頭を後ろからはたきたい衝動に駆られた小説でした。
買った後すぐに読め、と。



自他共に厳しい。そして自分の行動が間違っていないと信じている甫。
それは自分にも厳しい人だから取る行動なのかもしれないなと。
上司の勧めで、整形外科からリハビリ科に転科した甫は、業務改革の改良や改善をしていこうとし、それに対して療法士が不満を持っていくが、結果的に業績が上がっているのだからいいだろうとつき通す。
二、三年すれば昇進できるという理由もあり、打算的な部分が動いていたとはいえ、根が真面目な分仕事や療法士達を集めての勉強会と、真面目に力を注ぐけれど、周りはそれを快く思っていなく、結果的に孤立してしまう。
そんな時、一人だけついてくる理学療法士の知彦がいた。
それでも、弟の恋人である知彦は愛しい弟の遥を奪った男であり、そう思うと素直になれなく、きつくあたってしまう。
仕事面でも孤立し、そしてずっと自分が面倒をみていた弟の遥が自分の手を離し、自分が改めて一人だと痛感する。

いつもは流せる事も流せなくなり泥酔した甫は、投げやりな気分のまま路上で寝てしまう。
そんな時に手を差しのべたのは、病院に花を配達にしにくる花屋の九条だった。
放っておいて欲しいと思っているのに、甲斐がいしく世話を焼く相手に戸惑いつつ、借りは作りたくないと甫は伝え金をだそうとすれば、金の代わりにお願いがあると返される。


一つ目は自分の名前を覚える事。
そしてもう一つは。



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「あなたを慰めて、甘やかす権利を僕にください」
「……何?」
「へこんでいるあなたを慰めて、寂しがっているあなたを甘やかす権利を、僕に。それで、あなたの仰る『借り』は帳消しにします。いいですか?」

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そんな彼を言葉通りに甘やかし、そして九条は甫をガーベラの花に例える。

華やかで、堂々としていて。
そして可愛い花。


少しだけほっとしたのもつかの間、職場に出勤した甫を待っていたのは、甫の指導に不満を感じている療法士達からの反抗だった。
一週間に一度の勉強会を放棄され、冷戦状態になる。
身を引こうと整形外科に向かい、リハビリ科へと進めてくれた上司を訪ねるが、そこで同僚の陰口や自分を厄介払いにしていたという上司の本音にショックを受け、今まで築いてきたものがすべて崩れていく感覚を味わう甫。
そして、弟にも非難され、完璧に足場を崩し、居場所を見失ってしまう。




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 生まれて初めて、心が壊れそうになるというのがどんな状態なのかを己の身で思い知らされ、自分が世界のすべてから拒絶されたような気分で、甫はしばらくそのまま、立ち上がれずにいた……。

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……ここでもう涙腺が崩壊。







自分が絶対だと信じていたものが砕かれるというのは、きっと人生観すら見失わせるんだろう。
大切な存在に裏切られ、尊敬ていた存在に失望し。
……それでも、信じていたかったという心が軋んでじくじくと痛む。


九条を訪ねた後、彼が思いっきり甫を抱きしめて甘やかした時、そういった存在がいる事が素直に嬉しかった。
心で、体で、全部を使って甫を包み込む九条。
そんな彼が、すべてがうまくいきますようにと伝えた魔法の言葉があるけど、それは人と人の間を円滑にする潤滑剤でもあるだろう。誰だって、ちょっとした時にそうやって声を掛けられると、心があたたかくなると思うから。
それを知らないのならば、これから知ればいい。分からないのなら、教えてもらえばいいんだと。

だからといって、そう簡単に培ってきた性格が変わるわけはないだろうけど、少しずつ誰かと触れ合う事で良い方向に運ぶものもあるのかもなと考えたり。

二十三歳にして達観している部分がある九条。「お花屋さんに救急箱」を読むとなんだか納得してしまう。
好きな相手に合わせて生きてきた彼だからかもしれない。
人を受け入れる事は、最初からその器が広いんじゃなくて、ゆっくりと自分で大きくしていくのかもね。
きっとその間は辛かったり、それでも幸せだったり。傍にいる事で生まれる感情があって、それが九条の性格を形成していったのかも。



環境や自分の大事な人の影響で、象られて今の自分があるんやろうね。
なんて最後にはつらつらと考えてみたり。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 椹野道流
感想投稿日 : 2010年5月12日
読了日 : 2010年5月12日
本棚登録日 : 2010年5月12日

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