あの胸が岬のように遠かった

著者 :
  • 新潮社 (2022年3月24日発売)
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永田和宏は、歌人であり、生物学者である。有名な歌人である河野裕子と1972年に結婚したが、河野裕子は2010年に亡くなる。河野との最後の日々を綴った著書に「歌に私はなくだらう-妻・河野裕子 闘病の十年」がある。本書は、主に、河野裕子との出会いから結婚までを、河野の日記や短歌を用いながら描いたものである。
読後の感想は2つある。1つは、若い頃の著者・永田和宏の情けなさ。そして、もう一つは、当時から現在に至るまでの永田和宏の正直さ・誠実さ。
京大生であった永田和宏は、京都女子大の河野裕子とつき合い始める。それは、軽いつき合いではなく、お互いの魂を求めあうような激しいつき合いである。3年生になった頃から永田は悩み始める。河野裕子、および、彼女の両親が、早く結婚したがっていることに。もとより結婚することに否はないが、早すぎると永田は考えている。それは、永田が学者としての道を歩むために、大学院に進学を考えていたこと、また、歌人としても身を立てたいと考えていたこと。結婚・進学・歌の道の3つをどのように両立させるかを悩んでいたのである。悩み過ぎて、大学院進学の勉強に身が入らず、大学院受験に失敗してしまう。そして自殺を試みる。その後、働き始めた河野裕子を妊娠させてしまい、中絶させてしまう。そして、その時には知らなかったことであるが、河野裕子をも自殺未遂に追い込んでしまう。結局、永田はいったん就職をし、河野と結婚する。その後、再び大学に戻り研究者の道を歩むと同時に、短歌でも身を立てることに成功し、河野も有名な歌人となる。追い込まれて自殺を図る、そして、河野を妊娠させてしまう永田は格好悪い。
しかし、そのようなことの詳細を、赤裸々に、詳らかに永田は本書にしたためている。河野の当時の日記や短歌、自分自身の当時の短歌や記録を用いながら書かれている。このような記録を書く作業は、とんでもなくつらい作業であったはずである。自分がとった行動に対しての後悔や恥ずかしさ、また、それが河野を傷つけたことに対しての悔恨の念。そのようなものを感じながら書いていたはずである。そこから逃げずに、最後まで書ききった永田和宏は、正直で誠実な人であると信じることが出来る。
永田と河野の短歌には、このような激しい感情が表されていたのだということを知ることが出来たこと、というか、短歌というものが、そのように出来ているものだということを知ることが出来たことも、本書を読んだからこそ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年10月12日
読了日 : 2022年10月12日
本棚登録日 : 2022年10月11日

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