亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言 増補版

  • 岩波書店 (2022年6月28日発売)
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第二次世界大戦での苛烈な独ソ戦を経験した女性兵士たち、子供たちへのインタビューを織りなした『戦争は女の顔をしていない』と『ボタン穴から見た戦争』を世に問うたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。本書は1948年生まれの著者がほぼ同時代の出来事として経験した別の戦争 ー アフガン紛争 - についての織物である。著者は、アフガン紛争に参加した兵士、看護師、そしてその母親たちへのインタビューを行い、地べたの目線からのアフガン紛争をあぶり出している。

ソ連が介入したアフガン紛争は、1979年に始まり、その後10年以上継続されたのち1989年ソ連軍の完全撤退で終わった。大祖国戦争と呼ばれ、ロシアの人びとの誇りとなりまたアイデンティティのひとつにさえなった独ソ戦に対して、アフガン紛争は後にその意義が国内外で問われてしまう戦争になった。ソ連は国際的には悪役になり、国内でも大きな失政と見なされた。またその結果としてアフガン紛争はタリバン政権を生み出し、グローバルテロにつながり、米軍の介入を生み、そして今また米軍が撤退した後もタリバン政権下での不安定な政情が続いている。

そして重要なこととして、その戦争の意義が否定されたことで、本人、そしてその家族もまたその大儀を感じることができないことだ。そのことが、帰還兵や息子を亡くした母親の言葉を、独ソ戦のそれとは異なるものとしている。兵士は自らの命を懸けたものに対して物語を必要としているが、アフガンではそれは与えられなかったのだ。

ある帰還兵の次の言葉が典型的なものだ。
「俺たちは大祖国戦争の兵士たちと同じ偉業を成し遂げるんだって説明されてきた。ソ連がいちばん優れていると繰り返し言い聞かされ、疑ってもみなかった。もしソ連がいちばん優れているのなら、俺個人がいちいち考えるようなことじゃないはずだ、すべては正しいはずなんだから」

本書は冒頭、アフガンから戻った後に近所で肉切りナタで人を殺して服役することとなった帰還兵の母親の話から始まる。アフガンですっかり変わってしまった息子のことを語る母親の言葉が示す現実は眩暈がするものだ。実際に戦地にも赴いたアレクシエーヴィチは、そこで少年兵たちのほとんどが好戦的であったことに驚く。人は「死」を目の当たりにすることでなにを思うものなのだろうか。アレクシエーヴィチは次のように語る。

「死を思う――未来を思い描くように。死を目の当たりにしながら死を思うとき、時間の感覚になにかが起こる。死の恐怖がそばにあると――死に魅入られる・・・」

アレクシエーヴィチは、アフガン紛争を俯瞰的な視点から示すことはしない。
「歴史を体感しながら、同時にそれを書くにはどうしたらいいのだろう。あの日々のいかなる瞬間を切りとってもいいわけではない。ありとあらゆる「汚れ」を根こそぎつかんで、本に、歴史に、引っぱり込めばいいというものではない。「時代を射抜き」、その「精神を捉え」なくては」

そして、時代を射抜くための表現の方法が、まだ切れば血が出るような生きた声を記録することだったのだ。
「私は同時代の、いま目の前で起きていく歴史を記録し、本を書いています。生きた声、生きた運命を。歴史となる以前のそれらはまだ誰かの痛みや悲鳴であったり、犠牲であったり犯罪であったりします」

タイトル『亜鉛の少年たち』の「亜鉛」は、現地で死んだ兵士の遺体を運ぶための亜鉛の棺のことを指している。亜鉛で作られ溶接で密封された棺は、国境を越えて遺体を運ぶときに、死臭や体液が漏れ出ることを防ぐ。そして、届けられた遺体は亜鉛に収められたまま開けられることはない。今もまた、ウクライナで戦死したロシアの兵士たちは亜鉛の棺で故郷に運ばれ続けているのだろうか。帰還した兵士たちは、故郷においてウクライナでのことをどのように自らの中で解釈を行うことになるのだろうか。そして、ウクライナで死んだ兵士たちの母親たちは故郷でどのように思うのだろうか。

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『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4006032951
『ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/400603296X

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2022年9月19日
読了日 : 2022年9月2日
本棚登録日 : 2022年9月4日

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