袴田事件を裁いた男 無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元判事の転落と再生の四十六年 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2014年6月6日発売)
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感想 : 6
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「袴田事件」とは、2014年3月、死刑判決から45年後に犯人とされた袴田氏が釈放されることとなった冤罪事件。その一審となった静岡の地方裁判所で無罪の心証を持ちながらも、他の二人の裁判官の意見を覆せず、多数決から死刑判決を書くことになった熊本氏の人生を追い掛けた本。

熊本氏は、袴田氏釈放につながることにもなった告白を2007年に行っている。熊本氏が死刑判決のあと良心の呵責のために裁判官を辞し、さらに今は身を持ち崩していることからも、評議内容を洩らすということは法に触れているかもしれないが、その姿勢が世の中からは称賛された。

しかしながら、この男を追っていくとどうも正義感だけで語れるものではなさそうだ、というのがこの本。本人へのインタビューも通して、酒におぼれ、二度の離婚、子供からも疎遠にされていること、など性格破綻者としての面も見えてくる。先の無罪の心証を語るインタビューについても子供からは冷たく効果を意識したうまい演出だったと言われる。一度再会してもその後連絡が続くことはないようだ。

これだけの素材が揃っているので、もう少し本としての娯楽性を高めることができたのではないかと思われる。一方、熊本氏がこれを美談にすべきではない、と言ったことに対して、著者の記述はバランスの取れたものになっている。熊本氏のその言葉は、決して謙虚さから出たものではなく、心底からの切実な要望であるからだ。そこについては信頼できるような気がする。

ちなみに袴田氏は裁判所勤務時代、検察からの勾留請求を3割くらい拒否していたという。今は1%程度と言われているので、当時から比べても今の検察と司法の方が癒着した関係が進んでいるのではないか。冤罪事件の裏には、捕まることのなかった真犯人がいるということも忘れてはならないことだ。司法システムへの批判は本書の主題とは離れるとはいえ、その点にも言及してほしいところではある。

どこかもやもやする後味を残す本。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2014年11月25日
読了日 : 2014年11月11日
本棚登録日 : 2014年11月12日

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