偏愛蔵書室

著者 :
  • 国書刊行会 (2014年10月27日発売)
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本棚登録 : 147
感想 : 12
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 ……そこで読んだ本たちが僕に、読書とは実は後ろめたい行為なのだと教えた。そして大人が本気で書いた小説とはこれほどまで想像を絶して恐ろしいものかと圧倒された。(p228)

 必読書ベスト100ではなく著者の「偏愛」に基づいてセレクトされたブックガイド。『遠野物語』『檸檬』『失われた時を求めて』など誰もが認める名作だけでなく、『憂国』『ドグラ・マグラ』『家畜人ヤプー』など問題作や奇書を多く取り上げているのが特徴で、おおっぴらには薦めにくい禁断の書物案内といった趣きがある。紹介されている本が挑発的ということもあるが、芥川賞作家でもある著者が紡ぎだす文章は、それ自体がすでに官能的だ。身を焼きつくすような情熱、つめたく冴えた論理、評論そのものが言語芸術たりえることの、この本は証左となっている。

 ……文学とは、小説とは、そしてそれらを包括する広義の「言語芸術」とは、いったいなんなのか。表現への狂おしい衝動、それをなにゆえ人は持つのか。なにゆえ人は、小説を「書かねばならなくなる」のか。それについて考え、書き継いだものが本書であるともいえる。(p316)

 著者の言葉に照らして云うなら、なぜ人は小説を「読まねばならなくなる」のか。ただの読書で完結するならまだしも、自分が惚れこんだ本を人に薦めたいという衝動に駆られるのはなぜか。読書体験を人と共有したいという欲求、作品にたいする自分の解釈を人に認めさせたいという欲望は、なにに由来するのか。文学という学問分野を形成してしまうほどの情熱を、なぜ人類は連綿と抱きつづけてきたのか。

 ……僕が本書で読者に伝えたかったのは、本とは、手に取りやすい場所におかれているものだけが読むべき本なのではなく、それは氷山の一角にすぎず、実は、この世界のどこかには、こんなにも多様な、うつくしい本、うつくしい文章、描画が、まだまだある、ということである。(p316)

 本書は、まるで蝶マニアの少年が何年もかけて採集したうつくしい標本箱のようだ。誰もが欲しがる綺麗な蝶から、絶滅危惧種となっている蝶、人外の秘境にしかいない蝶、触れてはいけない有毒の蝶まで、一匹一匹、たんねんに、愛おしむように、ピンを刺して。

 ……なべて人の愛は「偏愛」である。それは純真であればあるほどむしろ背き、屈折し、狂気へと振れ、局所へ収斂される。人は愛ゆえ逸し、愛ゆえ違(たが)う。慎ましく花弁を閉じる倒錯の花々。それこそが、僕の狭い蔵書室から無限を夢みて開く、これら偏愛すべき本たちである。(p309)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ブックガイド
感想投稿日 : 2019年6月5日
読了日 : 2019年6月5日
本棚登録日 : 2019年5月15日

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