日高六郎・95歳のポルトレ: 対話をとおして

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  • 新宿書房 (2012年11月1日発売)
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本書の主人公日高六郎について、その名前や業績について覚えていたり関心を持っている人が、今でもいるのだろうか。今年、2018年の6月に亡くなったことが新聞に小さく出たように思うが、定かではない。101歳という長命だった。ぼくが高校生の頃だろうか、若干の揶揄も含みながらだったが、進歩的知識人という言葉があった。東大の先生だった人では丸山眞男と日高六郎の二人が代表選手のようだった。

  「思想の科学」という、哲学の鶴見俊輔が中心になって始めた雑誌や、小田実と鶴見俊輔が中心にいた「べ平連」の活動に顔を出していた東大の社会学者というのが、大学生になったばかりのぼくの日高六郎で、「1960年5月19日」(岩波新書)という本で名前を知った。

  じつは、その当時すでに東大をやめてフランスに移住していたということはこの本で初めて知った。数年して日本に帰ってきて、当時、京都に出来たばかり(?)の精華短大の教員をしていたのは知っていたが、この本をつくった黒川創は、その頃に日高六郎と知り合ったらしい。

  ぼくがこの本を手にした理由は、その黒川創が「鶴見俊輔伝」(新潮社)という評伝をこの秋に出版したのだが、そのことを気にかけていた時に、作家の高橋源一郎が書いた書評を読んだからだ。

《 もう一つ、わたしは、この評伝を読みながら、鶴見さんを言い表すことばは「まともであること(‘decency’)」ではないかと強く思った。
 
 鶴見さんは、「米国で吹き荒れた赤狩りのなか、下院非米活動委員会で喚問された劇作家リリアン・ヘルマン」に触れ、「魔女狩りに対して、はっきりと立ち向かった最初の人が女性であった」ことの意義を考えた。そして、多くのものを失ったヘルマンが、それでも獲得したひそやかなものを‘decency’ と呼んだことに注意を向けるよう書いた。その‘decency’ を鶴見さんは「まともであること」と訳したのである。

 わたしがうまく書けないと思うとき、鶴見さんの本を開くのは、そこに行けば、「まともであること」が何かを感じることができるからだろう。「まともであること」が、途轍もなく困難であるような時代であるからこそ、いま、この本の中の鶴見さんのことばに耳をかたむける必要があるのだ。わたしは心の底からそう思うのである。 》

  鶴見俊輔の伝記の書評を読んで日高六郎のポルトレを読むというのは、すこし変だと思われるかもしれない。鶴見の伝記が、すぐに手に入らなかったという事情もあるが、要するに黒川創に対する下調べなのだ。ぼくはこの人を読売文学賞をとった「カモメの日」(新潮文庫)という小説を読んで知っていたのだが、その記憶がマイナスに作用していたということもあって迂回したという面もある。

  読み始めて驚いた。面白いのなんのって、ここにも一人、戦後を生きた「まともな」人がいた。

  中国の青島(チンタオ)で生まれ育ったところから、95歳になった現在までを黒川が聞き、日高が答える、こう書けばインタビューということになるが、どっちかというと対話、聞き手も思ったことをどんどんしゃべる。結果、話し手の、特に日高六郎という人の人柄が実にリアルに浮かび上がってきて、読み手を飽きさせない。

戦前の中国での少年時代の生活、軍隊経験と学生時代の学問、べ平連の片棒を担いだ脱走兵の支援、紛争であらわになった東大教授たちの真の姿への嫌悪、金大中の拉致・監禁事件とのかかわり、日本赤軍との関与疑惑をめぐる顛末、そして老後の現在。

本書で語られている大きなエピソードを並べ上げればこうなる。どれもこれも、語られている内容のおもしろさはちょっと類がない。1920年代の青島(チンタオ)暮らしから、戦中、戦後80年に渡って、国家と個人がアクチャルにぶつかっている事件の現場に当事者として立ち会ってきたということがまず驚きだが、その立ち姿が全くぶれていないことはもっと驚きだ。

老人の回想によくあるパターンで、ある種ご都合主義的にぶれていないんじゃないかと疑う向きもあるかもしれない。そう思われる方には読んでいただくほかにないが、社会学者であった日高の学問の方法、ひいては生き方を説明するこんな会話がある。

日高:自分の一生の七〇年なんり八〇年なり、それをものさしとして時代を見る。ふつう僕たちは、時代の流れを、自分の力ではどうしょうもないものとして見ている。たとえば、大正デモクラシーがあれば、その次は何が来る、というように。でも、それだけじゃなくて、歴史は、僕の寿命のものさしで測れるわけ。

― なるほど。ただ、それを自分の視野に収めるには、先生くらいの長生きをしないと‥‥。

日高 : うん、そりゃそうだ。はははは!あなたも長生きしてください。

現実の社会に対して「自分の寿命」の「ものさし」をあてる。そこからすべてを始める。「ものさし」の精度を上げるのは自分の責任だし、結果を尊重するのは、まず自分に対する「モラル」ということだ。

かれは、さまざまな組織に所属し、多くの学者や活動家と出会ってきたが、党派や主義に従うことはなかったし、偉い人の口真似をしていばることもなかった。だからといって、孤立した世捨て人ではなかった。

― 子どものとき片言はできるというのは、ボーイとかアマとかから、口伝えにおぼえるんですか?

日高 : そう。それで、中国語を勉強したいって、家で言ったわけ。中学校の補習授業に中国語があるので、それをやりたいと。だけど、その時だけは、父が「ノー」と言った。中国語は勉強してはならない。中国に来たら、日本人は堕落する。この青島を見てごらんなさい。中国人にいばって、悪いことばかりしている。権力、武力のもとで人間は堕落していく、みんなそうだ。。中国で生活しないようにしてくれ。日本に帰って、日本で勉強しなさい、と。それも一つの見識だよ。 

少年の頃の父の思い出を語ったところだが、ここには同じように「まとも」だった父がいて、90歳をすぎてその見識を記憶している「まとも」な息子がいる。日高が、ここから「ものさし」の作り方を学んだことは間違いないと、ぼくは思う。

黒川はここでも「まともであること」を生き抜いた人の姿と言葉を書き留めようというモチーフで仕事をしている。多分、これが彼の仕事ぶりなのだ。この本で、ぼくは、彼のことをすっかり見直した。

 さて、せっかく残されているまともな人の肉声、読んでみない手はないのではありませんか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 伝記・インタビュー
感想投稿日 : 2019年1月29日
読了日 : 2019年1月29日
本棚登録日 : 2019年1月29日

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