キリスト教の権威が失墜し、人々は神に頼らず、自分達の理性で物事を考え始めた。そこで、人間が認識できる範囲はそもそもどこからなのかを考えたのが、デカルトやカントといった近代哲学者だった。彼らの主張は合理主義と言われる。
合理主義的は、人間の性質を抽象化したものである。でも個人個人の思考はそんな簡単に一括りできないだろう、現実をもっと重視しよう。そんな実存主義が、キルケゴールやサルトルらによって広まった。
その後、人間の思考は、属する社会や文化によって異なる「構造」によって決まってしまう。だから、どんな構造があるのか考えようという、ウィトゲンシュタインらによる構造主義が現れる。
構造主義のあとは、反哲学主義。デリダは構築なんて解釈次第でなんとでも捉えられるという脱構築を主張した。
そして、いま。新しい哲学はもう現れないという。ボードリヤール曰く「哲学は死んだ」。だが、偉大な哲学者達は、現状の常識では思いもつかない考え方を編み出しできた。哲学は死んだ。そんなこと知るかとばかりに新しい常識を生み出す人物は現れるのか?否、常に常識を疑い続けよう。そうすることでなにか見えてきそうなものだ。
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- 感想投稿日 : 2023年12月11日
- 読了日 : 2023年12月11日
- 本棚登録日 : 2023年12月11日
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