性と芸術

著者 :
  • 幻冬舎 (2022年7月21日発売)
3.79
  • (8)
  • (15)
  • (9)
  • (0)
  • (2)
本棚登録 : 198
感想 : 19

一部の女性からとても嫌われている絵画「犬」の制作過程を作者自らが解説した一冊。

あの作品は本当に一部の女性に非常に嫌悪されているようで、実際そんな人に出会ったことがある。そりゃ趣味のいい絵画ではないけど、何がそこまで一部の女性の心に悪い意味で刺さるのだろう。うっすらと分かる気もするが言語化できてない気もする。所詮作り物だし。これに怒っていたら一部のAVやらエロ漫画はどうなのか?とも思うが、単に目に触れていないだけなんだろうか。芸術ということになってるからイカンのだろうか。

そんなことを思いながら読んでみたが、思いの他おもしろかった。冒頭で著者が言うように、作者自ら解説するって野暮だなとは思う。一言で言えば「低俗な変態的画題を、風雅な日本画調で描こうとしました」ということなんだろう。そこまでは素人の、美術の門外漢でもわかる。しかし読んでみると、作品からはまったく想像できなかったいくつもの伏線があり、その交錯点に「犬」という作品があることがよくわかった。謎解きというか、種明かしをしているような面白さがある。

しかし、こういう美術的文脈ってある程度勉強しないとわからない訳で、そういう作品を素人の前にポンと提示する現代美術ってなんなのか?とも思う。そもそも素人は相手にしてないのか?目利きの人はあの作品からあんなこんなを読み取れるのだろうか。まさか三島由紀夫とか川端康成が出てくるとは思わなかった。

そんなわけでおもしろく読んだのだけど、一点引っかかったところがある。それは、日本の「可愛い文化、ロリコン文化」の隆盛は、日本の太平洋戦争敗戦に伴う父性の弱体化に遡ると書いている箇所だ。そうなのかなあ?今ひとつ説得力を感じない。未熟なもの、か弱きもの、小さきものを愛でる文化は、もっと根が深く日本の底流に流れているような気がする。それはこの本の中でも、日本画では背景や木の幹はざっくり描くのに花の一輪一輪を細密に描く、と書いた箇所で触れられていることだ。

ただこの一連の記述を読むと「犬」の見方も変わってくる。「犬」という言葉にはネガティブなニュアンスもある。戦うための手足を切断されて、媚びた目で飼い主を見上げる未成熟なメス犬。それは日本そのものではないのか?という怒気を含んだ保守サイドからの見方もできる。

それにしても、写実的で美しい絵を描いてれば良かった時代から、ずいぶん遠くへ来たものだ。

二章の『「色ざんげ」が書けなくて』も面白く読んだ。価値観が急速に変わる現代社会と性の軋轢について書いている。割と同意できる内容だと思った。特に印象に残ったのはオナニーする男性の心理描写。こういう妄想のような部分は確かにあるし、読んでいてキモチワルイ。自分がキモチワルイ。それが今もあまり変わってない気がして、更にキモチワルイ。しかしここまでそのキモチワルサを言葉化できるのは流石と言うべきか。日本のオナニー・スピリットの伝播で世界平和を夢想するところは笑った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年6月15日
読了日 : 2023年6月16日
本棚登録日 : 2023年6月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする