正義のアイデア

  • 明石書店 (2011年12月1日発売)
4.12
  • (18)
  • (5)
  • (9)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 314
感想 : 23
5

ー 実現に焦点を合わせる観点は、完璧な正義を追求するのではなく、世の中の明らかな不正義を防ぐことの重要性も理解しやすくする。マツヤニヤーヤの例がはっきりさせているように、正義の課題は、単に完璧に公正な社会を達成する(あるいは達成することを夢見る)ことではなく、(マツヤニヤーヤの恐ろしい状態を避けるといった)明らかにひどい不正義を防ぐことにある。例えば、一八世紀から一九世紀にかけて人々が奴隷制廃止を訴えたとき、人々は、奴隷制の廃止によってこの世の中が完璧に公正な社会になるという幻想を持って努力したわけではなかった。むしろ、奴隷のいる社会は全く不正義な社会であるというのが彼らの主張であった(すでに取り上げた著作家の中では、アダム・スミス、コンドルセ、メアリー・ウルストンクラフトは、この視点を提示することに深く関わってきた)。奴隷制の廃止を最優先課題としたのは、奴隷制は耐え難い不正義であるという判断であり、そのために、完璧に公正な社会がどのようなものであるかに関する合意を追究する必要はない。 奴隷制の廃止に導くアメリカの南北戦争はアメリカにおける正義にとって大きな成功であったと考える者は、(完璧に公正な社会とその他という対比しかない) 先験的制度尊重主義の観点からは、奴隷制の廃止による正義の促進に関してほとんど何も言えないという事実を受け入れるだろう。 ー

「先験的制度尊重主義」の「正義論」が決して悪いわけではない。ただし、その議論の過程で放っておかれているままの、世界に溢れている不正義を見過ごすことは出来ない。これが、センの思想の根幹にある。

正義は「正義論」を待たない。不正義を正す行為に「正義論」の完成は必要ない。不正義を正すために必要な正義は何か、というのがセンの問いなんだと思う。

ロールズの正義論は、その理想的な完成形として、とても正義に適った理論だと思う。正義の理論は、ロールズの正義論であるべきだと私も考える。ただし、この正義論はあくまで理想的な理論であり、我々がこの世界で実際に制度設計を行う方法論としては、世界があまりにも強固に不平等と不正義で構成されすぎている。

センの正義に関する考え方は、「正義論」といった完成された、整理・分類された理論ではない。なのでセンの正義論は〜である、と簡単に言えるものではない。それは、比較論的なものであり、目の前にある、不正義、不平等、不自由、不幸、不便、不満との向き合い方に関する考えた方なんだと思う。

そして真に問うべきなのは、この不正義であり、この不正義を無くす為に行為することこそが、正義のある場所であり、どこにもない「正義論」を振りかざす場所が正義のある場所では決してないのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年7月31日
読了日 : 2022年7月31日
本棚登録日 : 2022年7月31日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする