チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

  • 岩波書店 (2011年6月16日発売)
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筆者が取材を行ったベラルーシは、「忘れられた国」である。チェルノブイリ原発事故による放射性物質の70%がベラルーシに流れ、国土の23%が汚染された。にもかかわらず、我々はこの国について語るべきものを多く持っていない。
1986年のあの事故を、世界は人類史に残る人災として大きく取り上げた。しかしながら、あのころもっぱら騒がれていたのは、放射線という不可視の物質に対する人々の恐怖であった。
それは言葉を変えれば、住民達に巻き起こった悲劇を矮小化する報道である。世界が見たがったのは原発という未知のエネルギーと、放射能による健康被害、ソ連への政治的影響といった「大きなドラマ」だけであり、住民が味わった悲劇は社会主義国家の中にかき消されていった。

この小説は、そうした忘れ去られた人々に命を与える作品である。

筆者は、小説に自身の価値判断や当時の世界情勢の説明を差し挟むことを避け、被災者が口語のままとうとうと語る言葉をありのまま記している。そのため、語られる言葉には指示語や身振り手振りを交えたであろうニュアンスのものが多く、ただ文面を追うだけでは理解が及ばないものも多く含まれる。
しかし、その文体が臨場感を生む。この事故の背後に犠牲者が確かに存在した事実と、彼等は他の平和な国の人々と同じく、変わらぬ日常を過ごしながらベラルーシの地に生きていたのだという描写が、荒い息遣いをもって生々しく書き表されている。
読者は理解せざるを得ない。ここに語られていることは、自分と地続きの世界で起こった紛れもない真実なのだと。

私がこの本の中で必見だと思った部分は、事故復旧に携わった消防士の妻が語る話である。
被爆の治療のためモスクワに送られた消防士が、いかに壮絶な最期を迎えたか、そして彼に寄り添い続けた妻の目に、放射能という物体とソ連という国の恐ろしさがどう映ったか。ここに記されている悲劇は、我々の世界にいつでも起こりうる物語なのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年1月9日
読了日 : 2021年1月6日
本棚登録日 : 2021年1月6日

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