「学力」の経済学

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  • ディスカヴァー・トゥエンティワン (2015年6月18日発売)
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【まとめ】
1 データで明らかにする子育ての真実
どこかの誰かが子育てに成功したからといって、同じことをしたら自分の子どもも同じように成功するという保証はない。教育経済学が重視するのは、たった一人の個人の体験記ではなく、個人の体験を大量に観察することによって見出される規則性だ。
まず、「どういう教育が成功する子どもを育てるのか」という、目に見えないものを数字で示す。そして、どういう教育が成功する子どもを育てるのか」という問いについて、その原因と結果、すなわち因果関係を明らかにする。


2 子どもをご褒美で釣ってはいけないのか?
子どもにすぐに得られるご褒美を与える「目の前ににんじん」作戦は、子どもを今勉強するように仕向け、勉強することを先送りさせないという戦略。

「テストでよい点を取ればご褒美をあげます」 「本を1冊読んだらご褒美をあげます」。このうち、子どもの学力を上げる効果を持つのはどちらだろうか。
ハーバード大学のフライヤー教授が行った研究と、ダラス、ワシントンDC、ヒューストンで行われた調査によって、学力テストの結果は、インプット(本を読む、宿題を終える、学校にちゃんと出席する、制服を着るなど)にご褒美を与えられた子どもたちのほうが向上するということが明らかになった。とくに、数あるインプットの中でも、本を読むことにご褒美を与えられた子どもたちの学力の上昇は顕著だった。一方で、アウトプット(テストでいい点を取る)にご褒美を与えられた子どもたちの学力は、意外にも、まったく改善しなかった。どちらの場合も、子どもたちは同じように喜び、ご褒美を獲得しようとやる気をみせたにもかかわらずだ。

鍵は、子どもたちが「ご褒美」にどう反応し、行動したかということにあった。「インプット」にご褒美が与えられた場合、子どもにとって、何をすべきかは明確である。本を読み、宿題を終えればよい。一方、「アウトプット」にご褒美が与えられた場合、何をすべきか、具体的な方法は示されていない。
ここから得られる極めて重要な教訓は、ご褒美は、「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきということだ。

アウトプットにご褒美を与えられた子どもたちは、「今後もっとたくさんのご褒美を得るためには何をしたらよいと思うか」という問いに対し、ほとんど全員が「しっかり問題文を読む」「解答を見直す」などのように、テストを受ける際のテクニックについての答えに終始していた。「わからないところを先生に質問する」「授業をしっかり聞く」などのように、本質的な学力の改善に結びつく方法にまでは、まったく考えが及んでいなかったことがわかる。アウトプットにご褒美を与える場合には、どうすれば成績を上げられるのかという方法を教え、導いてくれる人が必要なのだ。


3 こどもはほめて育てるべきなのか
米国のカリフォルニア州では、「社会問題の多くは個人の自尊心が低いことに起因している」という考えから、1986年以降、州知事主導で自尊心にかんする大規模な研究プロジェクトを始動させた。「子どもたちの自尊心を高めれば、学力や意欲が高まり、反社会的行為を未然に防止することができるのではないか」と期待してのことだ。
しかし、この大規模な研究プロジェクトは思いもよらぬ結果に終わった。自尊心が高まれば、子どもたちを社会的なリスクから遠ざけることができるという有力な科学的根拠は、ほとんど示されなかったのだ。バウマイスター教授らは、自尊心と学力の関係はあくまで相関関係にすぎず、因果関係は逆である、つまり学力が高いという「原因」が、自尊心が高いという「結果」をもたらしているのだと結論づけた。

学生の自尊心を高めるような介入は、学生たちの成績を決してよくすることはない。また、このような介入が、すべての学生に悪影響だったわけではなく、とくにもともと学力の低い学生に大きな負の効果をもたらしたということも明らかになっている。つまり、悪い成績を取った学生に対して自尊心を高めるような介入を行うと、悪い成績を取ったという事実を反省する機会を奪うだけでなく、自分に対して根拠のない自信を持った人にしてしまう。むやみやたらに子どもをほめると、実力を伴わないナルシストを育てることになりかねない。

重要なのは、ほめ方である。
コロンビア大学のミューラー教授らは、ある公立小学校の生徒を対象にして「ほめ方」にかんする実験を行った。6回にわたるこの実験の結果わかったことは、「子どものもともとの能力(=頭のよさ)をほめると、子どもたちは意欲を失い、成績が低下する」ということだった。
子どもをほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要だ。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られた知見である。


4 テレビやゲームは悪影響なのか
テレビやゲーム「そのもの」が子どもたちにもたらす負の因果効果は、私たちが考えているほどには大きくない。シカゴ大学のゲンコウ教授らは、幼少期にテレビを観ていた子どもたちは学力が高いと結論づけているほか、米国で行われた別の研究では、幼少期に「セサミストリート」などの教育番組を観て育った子どもたちは、就学後の学力が高かったことを示すものもある。
そして残念ながら、1時間テレビやゲームをやめさせたとしても、男子については最大1.86分、女子については最大2.70分、学習時間が増加するにすぎないことが明らかになった。

どれくらいのテレビ視聴やゲーム使用だったら無害なのか。推計によると、1日に1時間程度のテレビ視聴やゲーム使用が子どもの発達に与える影響は、まったくテレビを観ない・ゲームをしないのと変わらないことが示されている。一方、1日2時間を超えると、子どもの発達や学習時間への負の影響が飛躍的に大きくなることも明らかになっている。


5 その他教育の常識
① お手軽なものに効果はない
父母ともに「勉強するように言う」のはあまり効果がない。むしろ、母親が娘に対して「勉強するように言う」のは逆効果になっている。「勉強するように言う」のは親としても簡単だが、この声かけの効果は低く、ときには逆効果になる。逆に、「勉強を見ている」または「勉強する時間を決めて守らせている」という、親が自分の時間を何らかの形で犠牲にせざるを得ないような手間暇のかかるかかわりというのは、かなり効果が高いことも明らかになった。

② 男の子なら父親が、女の子なら母親がかかわるとよい
子どもと同性の親のかかわりの効果は高く、とくに男の子にとって父親が果たす役割は重要。最近の研究でも、とくに苦手教科の克服には、同性同士の教師と生徒の組み合わせのほうが有効であるなど、類似の知見が得られているものがある。

③ 優秀な同級生から受ける影響
学力の高い優秀な友人から影響を受けるのは、そのクラスでもともと学力の高かった子どものみである。中間層やもともと学力の低い子どもたちは、何ら影響を受けないことがわかっている。それどころか、自分のクラスに学力の高い優秀な友人がやってきた場合、もともと学力が低かった子どもには、マイナスの影響があるということを示す研究もある。この意味では、学力の高い友だちと一緒にいさえすれば、自分の子どもにもプラスの影響があるだろうと考えるのは間違っている。

④ 問題児から受ける影響
フィグリオ教授は、問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与えることを明らかにした。また、親から虐待を受けている子どもがいる学級では、学級運営が難しくなり、結果として他の子どもの学力が下がる傾向があることが明らかにした研究もある。この研究では、1人の問題児によって、他の児童が新たな問題行動を起こす確率は17%も高くなると推計されている。
一連の研究から明らかなことは、子どもや若者は、飲酒・喫煙・暴力行為・ドラッグ・カンニングなどの反社会的な行為について、友人からの影響を受けやすいということだ。

⑤ 教育にはいつ投資すべきか
もっとも収益率が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)である。
人的資本投資の収益率は、子どもの年齢が小さいうちほど高い。就学前がもっとも高く、その後は低下の一途を辿っていく。そして、一般により多くのお金が投資される高校や大学の頃になると、人的資本投資の収益率は、就学前と比較すると、かなり低くなる。
しかし、「明日からでもわが子を学習塾に通わせよう」と考えるのは拙速である。人的資本とは、人間が持つ知識や技能の総称であるため、人的資本への投資には、しつけなどの人格形成や、体力や健康などへの支出も含む。必ずしも勉強に対するものだけではない。
低所得のアフリカ系米国人の3~4歳の子どもたちに「質の高い就学前教育」を提供することを目的に、「ペリー幼稚園プログラム」と呼ばれる就学前教育プログラムが行われた。
ペリー幼稚園プログラムは、認知能力には短期的な影響しかもたらさなかったにもかかわらず、学歴・年収・雇用などの面で、長期的に大きな影響をもたらした。ペリー幼稚園プログラムによって改善されたのは、「非認知スキル」または「非認知能力」と呼ばれるもの。これは、IQや学力テストで計測される認知能力とは違い、「忍耐力がある」とか、「社会性がある」とか、「意欲的である」といった、人間の気質や性格的な特徴のようなものを指す。

・親の学歴による学習時間の差は、子どもの学年が上昇するにつれ拡大していく傾向がある。
・神戸大学の伊藤准教授らの研究では、学校で平等を重視した教育――「手をつないでゴールしましょう」という方針の運動会など――の影響を受けた人は、他人を思いやり、親切にし合おうという気持ちに「欠ける」大人になってしまうことが明らかになっている。
・遺伝や家庭の資源など、子ども自身にどうしようもないような問題を解決できるポテンシャルを持つのは、「教員」である。教員の「質」に関する研究をリードしてきたスタンフォード大学のハヌシェク教授によると、もともとの学力の水準が同程度の子どもたちに対して、能力の高い教員が教えた場合、子どもたちは1年で1.5学年分の内容を習得できたのに対して、能力の低い教員が教えた場合は、0.5学年分しか習得できなかった。1年間で実に丸1年間分もの習得の差が生じたことになる。付加価値でみたときに下位5%に位置する教員を、平均的な教員に置き換えるだけで、子どもの生涯収入の現在価値を、学級あたり2500万円も上昇させることができると推計されている。

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感想投稿日 : 2023年10月2日
読了日 : 2023年10月1日
本棚登録日 : 2023年10月1日

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