この物語の主人公は人なのか、銃なのか。
大学生の西川は、ある日河原で男の死体とその傍らに落ちている拳銃を発見する。新潮新人賞を受賞した中村文則のデビュー作『銃』は、銃を拾った男が銃に翻弄され、銃に支配されていく様を描いた作品だ。
西川は、しきりに銃を“美しい”と形容し、毎日磨き上げ、銃とコミュニケーションを取ろうとしたり、自分がそれに似つかわしくない存在なのではないかと不安になったりしている。銃を半擬人化して銃に対して愛情を抱き、常に銃のことを考え生活するようになる。その執着はやがて、人に向けて銃を撃ちたいという逃れようのない衝動に繋がっていく。作中に繰り返し登場する銃という文字を何度も目にするうちに、読者まで銃を懐に忍ばせているような気分になってくる。
主人公は幼少期に家庭に問題を抱えているという設定で、児童虐待が行われている親子も作中に登場する。このような登場人物は中村文則の他の作品にも多く登場しており、彼の作品の中で重要なテーマとなっていると考えられる。西川はこのような幼少期の経験から、「考えなければ不幸にならない」「自問自答をすることや、自分を知ることをしない方が、自分は快適に生きていける」と自分自身に対して興味を失っている。「一人称であるのに自己を客観視していくような」語り口で、自分の行為や考えに拠り所がない。その隙間に銃という強烈な物体は見事に入り込み、心を取り込んでしまったのだ。
著者はあとがきに「内面に“銃”を抱えてしまう構図は、僕の人生そのものである」と記しているが、銃を内面に取り込み宿してしまうというその人間の心の空洞を、銃というツールを用いることで分かりやすく浮き上がらせて書き出した作品なのではないかと思った。私たちの誰もが心に銃を持ち得るし、いつどのタイミングでそれを撃ってしまうか私たち自身にも分からないということだ。
- 感想投稿日 : 2017年12月8日
- 読了日 : 2017年12月7日
- 本棚登録日 : 2017年12月7日
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