「青春小説」に対抗する「玄冬小説」。
まったく新しいジャンルですね。
老いを迎えた桃子さんの、自分の人生をふるさとの東北弁で振り返る。
ひとりが大好き、桃子さんの内省が止まらない。
「でも、このさびしさは…持ち重りがするなあ…」
どんなに頑張って生きても、独身でも、子どもを育てても、
みんなみんなひとり。
それでいいんだ、と思う。
「おらおらでひとりでいぐも」
=自分は、自分でひとり生まれて生きて、死んでいくよ
というメッセージと受け取りました。
太古の昔から、人はこうやって、ひとりで生まれてひとりで死んでいくのだ。
ひとりなんだけどね、ひとりだからこそ、
でも誰かとつながっていたい。
誰かとつながったからこそ、未来はつながっていく。
この全編に流れる「東北弁」のリズムこそが、
過去から未来に受け継がれていくもののシンボルなんだと感じました。
【大勢の母親がむざむざと金を差し出すのは、息子の生に密着したあまり、
息子の生の空虚を自分の責任と嘆くからだ。それほど、母親として生きた。
母親としてしか、生きられなかった。母親は何度も何度も自分に言い聞かせるべきなんだ
と思う。自分より大事な子供なんていない。自分がやりたいことは、自分がやる。
子供に仮託してはいけない。仮託して期待という名でしばってはいけない。】
この文章が、こころにずーんときました。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本文学
- 感想投稿日 : 2018年7月31日
- 読了日 : 2018年7月31日
- 本棚登録日 : 2018年7月31日
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