ぼくが探偵だった夏 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2013年7月12日発売)
3.41
  • (7)
  • (27)
  • (33)
  • (6)
  • (2)
本棚登録 : 342
感想 : 24
4

この作品は、先日読了した有栖川有栖『虹果て村の秘密』と同じく〈かつて子どもだったあなたと少年少女のために〉講談社ミステリーランドの一冊として書き下ろされたもの。
当初「ミステリーランド」シリーズは箱入り・クロス装のハードカバーで、箱に開いた穴から表紙の一部が見られるとデザインも凝っていた。
そして何より紙質、そして文字フォント、大きさ?みたいなものがとても心地良かった。ページを捲るたびに「あぁ……気持ちいい」となる 笑。わたしが子どもの頃にあったら絶対に家の本棚に欲しかったシリーズだ。
とはいえ、お値段がそれなりだったので、大人であったわたしはもっぱら図書館で借りていた(何だかおかしいけれど……)
それが、こうして文庫本になっていることを知ったのだが、手軽に読めるようになった嬉しさ反面、あのどっしりとしたハードカバーだからこその装丁や紙質に「なんかすごい秘密を読んでるぞ」感を失ってしまったことで、悲しさが胸に渦を巻く。

さて、『ぼくが探偵だった夏』は、あの有名な名探偵「浅見光彦」の子ども時代のお話である。

夏を軽井沢で過ごす浅見家。小学五年生の光彦は、軽井沢の友だち峰男、軽井沢から東京の光彦のクラスに転校してきた衣里(軽井沢のおじいちゃんの元へ帰省中)と三人で、女の人が行方不明になった“妖精の森”に出かける。
そこで光彦は、昼間堀った穴に、夜、お棺のような箱を埋める怪しい三人組を見てしまう。
あの箱には死体が?それとも……
光彦のそんな思いを、二十歳の刑事竹村がちゃんと聴取してくれ、ルポライターの内田康夫も事件に興味を持つ。
あの箱には何が入っているのか……というストーリー。

事件の解決に光彦が活躍する、というよりも、他人が気にしないことでも自分がおかしいと思うことに対して、決してうやむやにせず突き詰めて考え抜く、その「光彦らしさ」に重点が置かれていたように思う。
そしてそれは、その「他人とは違うこと」をちゃんと受け入れてくれる大人が周囲に存在したことで、小学五年生の光彦が名探偵「浅見光彦」という未来へ繋がっていくことができたのだろう。
光彦の父、(当時)大蔵省局長だった秀一は、光彦に語りかける。
「……一つのことに興味を持つと、その本質を見極めるまで、のめり込む。それはたいへんな才能と言うべきだろうね。それだけではない。光彦にはもう一つ、人とちがう才能がある」
「才能というより、特別な感性と言うべきかな。人が気づかないようなことが、見えたり気になったりする。……」
それに対して、友だちからは変わってると言われると光彦は答え、それって変な人っていう意味なのかと秀一に尋ねる。
秀一はそれは違うときっぱり答える。
「……世の中の人の多くは、ほかのみんなと同じでないと不安を感じるが、それはまちがっている。人と異なっているということは、それだけでも、とても大切な才能なんだよ。……」
少し気が楽になった光彦。この才能が潰されずに成長できた、この家族環境は素敵だなあと思った。

そして秀一を通して、事件解決現場に直接光彦を関わらせずとも、少年を一歩大人へと成長させた夏を描くことのできる内田康夫さんのおおらかで温かい眼差しを感じることもできた。

実はわたしは「浅見光彦」には、サスペンスドラマでしかお目にかかったことがない。それはそれでとても面白かったのだけれど、この作品を読み終えて一番に思ったことは、やっぱり何十冊も続く三十三歳の光彦の活躍を読んでみたい!だった。

この『ぼくが探偵だった夏』には、光彦の家族六人が勢揃いしている。それは三十三歳の光彦が存在する未来では、もう叶うことがないそうだ。
そして未来でも活躍する長野県警の竹村さん。彼がまだ二十歳の初々しさで登場する。さらには、推理作家の内田康夫が、浅見家かかりつけの内田医院のドラ息子で、ルポライターとして光彦をフォローする。さらにさらに、ファンには嬉しいだろう同級生の浅野夏子、野沢光子、未来では「ばあや」であろう村山さんまで登場する楽しい作品となっている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学:著者あ行
感想投稿日 : 2020年4月18日
読了日 : 2020年4月18日
本棚登録日 : 2020年4月18日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする