横山秀夫作品のなかでは警察ものが特に好き。D県警警務部警務課人事担当の調査官 エース二渡さんが大好きってことも大きいけれど、彼が主役じゃなくても硬派(堅物)な面々が、それぞれの信念のもと警察官という仕事に向き合う不器用なまでのまっすぐさが魅力的だから。
「動機」の舞台はJ県警。主役は二渡と同じく管理部門である警務課企画調査官 貝瀬。
貝瀬が起案した警察手帳一括保管制度をテスト導入したU警察署で、警察手帳の大量紛失という前代未聞の事態が起こる。
警察官の魂ともいうべき警察手帳を保管することに猛反発していた刑事部を何とかねじ伏せての導入だっただけに、本部刑事部を筆頭に、上司である警務部長、警務課長、同僚、各部の幹部、さらにはU警察署の刑事課からの風当たりは強く、貝瀬は孤立無援に陥る。
事件解決までのタイムリミットは記者発表までの2日間。
犯人の「動機」は何なのか。
貝瀬が背水の陣の覚悟で、ひとり事件の捜査をはじめる。
警察という組織で働くという意味を、貝瀬なりに出した答えが警察手帳一括保管制度。だけどやっぱり、同じ警察官であっても職務に対する意識は様々で。
「お茶汲み3年」、「仕事は盗め」、「24時間365日警察官であれ」と叩き込まれた職人気質の刑事たちには、貝瀬の警察官も「職業」の1つであるという考え方は生ぬるくて腹立たしいのだろう。
それでも時代は変化しているのだから、管理部門と現場部門、または年齢差や育ってきた環境の違いなどで、職務に対する意識や精神的な部分には多かれ少なかれギャップは生まれるはず。
おまけに警務部、人事部、公安もそうだけど、そこには同じ警察官である「身内」に対する仕事もある。こういう問題が起きたとき、身内を信じて仕事しなきゃいけない刑事や現場の警察官にとっては、これほど苛立つ存在はないだろう。
それでも職務内容は違えど、相手が大切な誰かを守るために警察官という仕事に誇りを持って臨んでいることが分かると、お互いを認めあうことができるのもやっぱり身内だから。
皆それぞれに見えない絆があって、それが「大切なもの」への思いを鍵に、浮かび上がってくる場面にはぐっときた。
いつまでも時代の波に背を向けてるような、無骨でまっすぐな警察官たち。彼らのまっすぐな信念には胸が熱くなるし、ここが横山作品の好きなところだ。
今回の事件は刑事部と警務部の確執から起きたものか。それとも外部犯か。または組織を混乱させる目的か、特定の誰かを窮地に陥れるためか……
“ありうべからざることをすべて除去してしまえば、あとに残ったものが、いかにありそうもないと思えても、すなわち真実である。”
というコナン……じゃなくて、シャーロック・ホームズの名言を思い出した、哀しいような切ないような、そんな事件の「動機」だった。
あとはチラッと、本当にチラッと二渡さんの名前が出てきて、ファンとしてはとても嬉しかったな。
「動機」のほか、女子高生殺しの前科を持つ男が、匿名の殺人依頼電話に苦悩する「逆転の夏」、地方紙の女性記者の悲哀を活写した「ネタ元」、公判中の居眠りで失脚する裁判官を描いた「密室の人」が収録。
- 感想投稿日 : 2021年4月29日
- 読了日 : 2021年4月29日
- 本棚登録日 : 2021年4月29日
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