師弟

  • 講談社 (2016年4月12日発売)
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プロ野球の世界は、なるだけでも大変な世界であろう。その中で、さらに一流、超一流となるには、身体能力だけに依存していてはとうてい叶わないはずである。そこに集うのは皆、腕に覚えのある強者達なのだから。

野村が、選手としても監督としても、超一流として数々の記録とともに人々の記憶に残る結果を残すことができたのは、考える事に対して常に努力を惜しまなかった事だろう。野村は多くの格言や名言を引用するのであるが、驚くのはその守備範囲だ。野球の分野はもちろんであるが、それにとどまらず、儒教、ギリシャ哲学、心理学、シェイクスピア、英語単語の語源など、その守備範囲は広範である。いかに、野村が読書家であり、知的好奇心が旺盛で、貪欲であるのかが垣間見える。選手時代の実績に加えて、これまでの経験や知識をノートにまとめていたという。ヤクルトの監督になってからは、頻繁にミーティングを開き、選手に野球のことから人生についてまで問い続けたという。

以下、そうした格言などで印象が残ったものである。
先入観は罪、固定観念は悪
言い訳は進歩の敵
君子は和して同せず、小人は同じて和せず:論語
「エディケーション」とは引き出すという意味である。押し込みではない。
イマジネーションのないところに、クリエーションは生まれない。

真面目で意識の高い選手が多かったヤクルトには、これがピタリとハマったのだろう。ID野球の申し子と言われる、古田を筆頭に、宮本、稲葉、真中、などが選手として大きく成長し、自ら状況を考え、役割を理解し、ヤクルトは90年代のセ・リーグで最強のチームとなるのである。

一方、失敗経験についても野村は語っている。阪神では、この方法は全く機能しなかったという。スター選手も多く、大阪本拠でファンとの関係もタニマチのようなものがあった阪神では、ミーティングは皆そっちのけで、その後の宴会の事ばかり気になっている様子がありありと分かったそうだ。

書中には、野村と選手との会話のやりとりが紹介されているが、彼が上手だと思える事は、まずは自分を謙虚にへりくだって言う事だ。おれは、ヘボな4番バッターだったが、とか、俺はヘボ監督だが、などと言った上で、指導をしている。あれだけの実績を残している野球界のレジェンドに、そうまで言われたら、聞かざるを得ないだろう。

やる気を出させるにはいつくかのスイッチがあるという、それを野村は7つに分類している。阪神で監督だった際、新庄は1、4、5あたりが理由だったという。このタイプは叱ってもだめで、褒めて乗せなければならない。どのポジションをやりたい、と聞いたところ、「ピッチャー」と言ったそうだ。それを受け、オープン戦で試しに投げさせたところ、自分から、「やっぱり向いていません」、と言ってきたという。しかし、これで野球の楽しさを再認識したらしい。
1. 能力の割に目標が低い
2. 単調な反復を打ち破る手段を持たない
3. 限界を感じ、妥協したり、自分の力を限定している
4. 成功の経験が少なく、挫折感に支配されている
5. 興味、好奇心を抱くきっかけがない
6. 疲労
7. 意思、自信を持てずにいる

宮本の証言もまた、当事者として野村の指導をどう捉えていたのかが分かる。「ID野球という言葉の響から、選手達ががんじがらめになっていたような印象を抱く人が多いかもしれないが野村監督は、大事なところさえ押さえれば、むしろ自由にやらせてくれる監督でした」という。「野村監督も、俺の野球はこうだ、といいますが、「こうだ」が指しているものは具体的な作戦ではなく、あくまで「方向性」であり「考え方」なのです。」

その宮本は、バッティングに目をつぶって守備がいいショート、というスカウトのレポートでドラフト二位で入団したという。本人は、並み居る天才達を尻目に、ついていくのがやっとだった。

宮本が野村のノートから写したという、プロ野球で生き残るための15か条がある。第10条の内角球の項以外は、ビジネスの世界でも共通であろう。

<b>プロ野球で生き残るための15ヶ条</b>
第1条:人と同じことをやっていては人並みにしかなれない
第2条:目的意識と目標意識を持つことが最も重要である
第3条:常に自信をもって挑む
第4条:「プロ意識」を持ち続ける
第5条:人真似(模倣)にどれだけ自分のαをつけ加えられるか
第6条:戦いは理をもって戦うことを原則とする
第7条:状況の変化に対し、鋭い観察力、対応力を持っていること
第8条:セールスポイントを1つ以上持っていること
第9条:自己限定人間は生き残れない
第10条:打者は相手投手に内角(球)を攻める恐怖を持たせ、投手は内角球の使い方がうまくなければならない
第11条:鋭い勘を日頃から鍛えておく
第12条:常に最悪を想定して対策を練り、備えておく
第13条:仕事が楽しい、野球が好きだ、の感覚を持て
第14条:時期時期にやるべきことを心得ている
第15条:敗戦や失敗から教訓を学ぶこと

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年10月8日
読了日 : 2018年9月6日
本棚登録日 : 2018年10月8日

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