山形孝夫先生の近著『黒い海の記憶』(岩波書店)を読んだ。いずれ項を改めて紹介したいと思うのですが、本書の肝は「新しい霊性」の到来を告げるところにある。しかしその「新しい霊性」の到来を告げるとは、こと宗教そのものに排他的に限定された話題ではなく、すべてのことがらと深く密接に関わっていることを明記すべきなのだろう。
これは、恐ろしい本だ。今年読んだもので一番の衝撃といってよい。2013/08/10記
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書評
『黒い海の記憶 いま、死者の語りを聞くこと』
山形孝夫・著
岩波書店・2,100円
死者を記憶し、死者に向き合う「新しい霊性」
「泣くこと」も「死者と語り合うこと」も現代人にとっては禁忌(きんき)の対象であろう。バラエティー番組のオカルト趣味は不要だが、失笑する前に本書を紐解(ひもと)いてほしい。
「私たちは。悲しみに出会っても、泣かない。むしろ、泣くことを抑えるように自分を制御している。教会でもお寺でも、私たちは泣かない」。こうした制御装置は宗教だけの話ではないが、先の東日本大震災は、人々を拘束する欺瞞(ぎまん)の構造と無力さを暴きだすことになった。
すべてを惜しみなく奪う「黒い海」。生者に対しても死者に対しても、辻褄(つじつま)合わせにしのぎをけずる既成宗教は何の慰(なぐさ)めにもならなかった。愛と試練、慈悲と無常……その一言で何の説明になろうか。しかし人々は無意識に紡(つむ)ぐ「死者との対話」のなかで明日への一歩を踏み出した。
著者は故郷・仙台で被災した宗教人類学者。注目するのは「死者の語りを聞く」ことだ。それは定型の宗教言語の深奥にひそめく普遍的な?原初の祈り?ともいうべきものだろう。「生き残った者は、死者の無念を自分自身の生き方として受け止めなければならない」。悲しみの門から入ることによって生き方としての他者への優しさへ向かうことが初めて可能になる。
生者と死者のつぶやきに寄り添い、長年にわたる研究に裏打ちされたその思索は、宗教の未来を導く根源的考察である。本書は新しい霊性の到来を告げる標(しるべ)となろう。
(神学研究者・氏家法雄)
--拙文「山形孝夫著『黒い海の記憶』(岩波書店)」、『第三文明』2013年10月、86頁。
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http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20130902/p1
- 感想投稿日 : 2013年8月11日
- 読了日 : 2013年8月11日
- 本棚登録日 : 2013年8月11日
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