漱石の門下生であり研究者でもある小宮豊隆氏による評伝、下巻です。
上巻の感想に書いたように、本作は漱石の作品よりも生活に的を絞って書かれているとのことでしたが、下巻はほとんど作品の解説と言ってもいいくらい、漱石の生活を背景にして、『坑夫』、『三四郎』、『それから』、『門』、『彼岸過迄』、『行人』、『こころ』、『硝子戸の中』、『道草』、『明暗』といった作品それぞれについてたっぷり語られています。
これらの執筆の合間に、漱石は、満韓旅行へ出かけ、『朝日新聞』の文芸欄をめぐる問題や胃潰瘍に悩まされ、修善寺で危篤状態に陥ったのち、則天去私の心境に至り、そしてついに死を迎えます。
小宮氏もそこにいたのでしょう、漱石の臨終の瞬間がリアルで、まるで私も立ち会っていたかのような気分になり、読後しばらく呆然としていました。誰がどう話しかけ、漱石がどう反応したか、どのように死に至ったか、克明に書かれています。
〈死んだら皆に柩の前で万歳を唱えてもらいたい〉と手紙に書いていた漱石。〈死を人間の帰着する最も幸福な状態だと合点している〉という漱石の死生観、好きです。〈私は生の苦痛を厭うと同時に無理に生から死に移る甚しき苦痛を一番厭う。だから自殺はやりたくない〉というのも、なんだかうれしくなりました。
〈青春の気に満ちた青年が、心を躍らせつつ自分の作品を読んでいるのだと想像することは、漱石にとって、心丈夫なことだった〉らしいので、今でも漱石の作品が多くの人に読まれ続けていることを、さぞ喜んでいるのではないでしょうか。
上巻で、漱石が子規への手紙に書いた〈塵の世にはかなき命ながらへて今日と過ぎ昨日と暮すも人生にhappinessあるがためなり〉 という一文が印象に残っています。これまで知らなかった、知りたかった漱石の様々な表情を知ることができ、上中下全3巻、読んでよかったです。
- 感想投稿日 : 2023年9月4日
- 読了日 : 2023年9月4日
- 本棚登録日 : 2023年9月4日
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