カナダエスキモー (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版 (1981年9月1日発売)
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先日、新田次郎「アラスカ物語」を読んでいると、ふと以前読んだジャーナリスト本多勝一さんの『カナダ=エスキモー』というルポルタージュ本に深い感銘を受けた記憶が蘇ってきました。矢も楯もたまらず再読してみると、ドキドキして、素晴らしい観察力、圧倒的な筆力と秘めた情熱に感激です。

『カナダ=エスキモー』は、1963年5月~6月にかけて著者が極北で取材した記事を朝日新聞に連載したものです。その後、『カナダ=エスキモー』、『ニューギニア高地人』、『アラビア遊牧民』をあわせて『極限の民族』として出版し、高い評価を得ています。

カナダ北東部の北極圏、メルヴィル半島沿岸のウスアクジュ部落。そこに生きるエスキモー(正式にはイヌュイ)のイスマタ、カヤナグ、ムーシシという男たちとその家族。エスキモーと一言にいっても、海岸近くに住む7つの海岸エスキモーの集落、カリブーエスキモーと呼ばれる内陸エスキモーがいて、それぞれ違った生活様式や風習を持っています。

ちなみに、この本には『アラスカ物語』の舞台となったアラスカのエスキモーのことも紹介しています(小説のほうは1900年前後の時代設定なので状況は異なりますが)。このルポと同じように、『アラスカ物語』の主人公フランク安田が本拠としていたのも鯨やアザラシを狩猟する海岸エスキモーの集落です。

1年の大半は凍りついた北極海と陸地の境目もわからない氷雪原。犬ゾリを駆使しながら縦横無尽に移動して狩猟します。エスキモーの日常的な行動半径は300キロ、特別な場合は1000キロ。あまりに広大でくらくらします。
主な獲物はアザラシ、セイウチ、カリブー。もちろん永久凍土以北で森林などなく、食用の野菜類もありません。ビタミン補給のために生肉を食します。獲物はとったはしから凍るため、手早く解体していきます。そのあまりの手際のよさ、新鮮な肉を美味しそうに食べる描写は迫力満点。釣りたての魚やウニをその場でさばいて食するような感覚なのでしょうね~すごい!

現代では、もう彼らの本格的な狩猟はないのかもしれませんが、50年余り経たこの本が今読んでも躍動感に満ちているのは、著者の観察力や筆力の素晴らしさもさることながら、確固たる「視点」が貫かれているからだと強く感じます。

『そこに住む人々の心をつかむこと。
「非人間性」をあばくのとは反対に、「人間」を発見すること』

エスキモー家族と寝起きや狩猟を共にしながら、著者は3人の男たち、配偶者や子どもたちの性格、欲望、プライド、虚栄心、喜怒哀楽といった内面を赤裸々に描写します。私たちと変わらないごく普通の人々、その詳細な人物ルポはそのまま夏目漱石の作中人物にもなりそうなほど人間味溢れて面白い。そうした「人間」の発見という一方で、あまりにも過酷な極北の自然環境で暮らす人々の価値観、風習や慣習(文化)は、私たちとは違うものだということに気づかされてハッとします。

「エスキモーの生活と、ものの考え方について、できるだけありのままに伝えることがこの記事の狙いでした。きれいごとばかり並べたり、逆に残酷物語にしたりするのではなく、狩猟民族の世界を、そのままの姿で示したいのです。その世界は、日本や西欧の世界とは、かなり違っています。善悪の規準も倫理も価値観も、まるっきりちがうといって良いでしょう。大切なことは、そのような「別の世界」があること、私たちの善悪の規準などは、私たちの属する社会だけのことで、他の民族に適用しないことを認識することです」

さまざまな自然環境の中で、さまざまな言葉を話し、さまざまな人々や民族が共存している世界、ひとりよがりの価値観や善悪感や偏見で、大きいものが小さいものを、強いものが弱いものを、一方が他方を強引に判断したり押しつけたり排除しようとすれば、軋轢や葛藤が生まれます(反多元主義とポピュリズム)。この本を読んでいると、同じ人間性をもちながら、多様な価値観や文化のもとで人々が生きているこの世界はなんとも悩ましくてもどかしい、でもだからこそ人間が画一化されることなく変化にとんで、面白くて素晴らしいものだとあらためて感じます。そして人間は多くの生き物のなかのほんの一部であることも。
自然環境の破壊、温暖化、核物質の拡散、人口増大と飢餓、種の絶滅(危惧)……もはや人類は紛争や戦争をしているヒマなぞないことにも気付かされて唸ってしまいます。いや~時を経ても良書の再読はいいですね(^^♪

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感想投稿日 : 2017年10月18日
本棚登録日 : 2017年10月13日

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