猶予の月 下 (ハヤカワ文庫 JA カ 3-21)

著者 :
  • 早川書房 (1996年6月1日発売)
3.40
  • (10)
  • (15)
  • (40)
  • (3)
  • (2)
本棚登録 : 200
感想 : 9
4

血の通った姉と弟の恋愛。そんな神林とは思えない異色作の雰囲気を漂わせる本著ですが、読んでみたらいつもの神林でした。
序盤こそ弟アシリスの葛藤や、姉のイシスの行動など、およそ考えられない甘い恋愛的な内容が続いていきますが、途中からはいつもの思索小説然とした物語が展開していきます。

物語としては、リンボス(月)世界の住人であるアシリスとイシスは自らの恋を成立させられる世界を事象制御装置アスタートを使ったカスミ(地球)に生み出そうとする。しかしそこに犯罪者であり天才的な論理士バールや、治安士スローン、イシスの同僚セラフ。そしてバールによって生み出された人間ルシファ。彼らの行動が文字通り入り混じり、世界は混沌と歪んでいく。といった内容。

大雑把な話の流れは量子学を用いた言葉遊び。メタフィクションっぽいけどメタフィクションとは言いにくい。やはり思索小説という表現が的確で、そう考えるととても神林っぽい作品だったなという感想を抱きます。

アシリスは、今までの神林作品の登場人物とは一風変わったキャラでした。能動的な人物が多い中で、アシリスだけは保守的で受動的。イシスとバール、スローンとセラフ、ルフシファとラテルという関係構造の中でアシリスだけは孤立していて、とても宙ぶらりんな感じ。周囲に翻弄されつつも周囲を翻弄していく。そんな不思議なキャラでした。

「いざよい」の月というタイトルはアシリスの中途半端さを的確に表現しているかもしれません。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2010年7月21日
読了日 : 2010年7月21日
本棚登録日 : 2010年7月21日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする