パ-ル判事: 東京裁判批判と絶対平和主義

著者 :
  • 白水社 (2007年7月1日発売)
3.68
  • (9)
  • (12)
  • (18)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 125
感想 : 16
5

 パール判事は全員無罪と主張した。と、受験の日本史のバイブル『山川の日本史用語集』に書かれている。東京裁判で並み居る連合国側の判事の中で、彼がただ1人異論を貫いた事実は、だから知られていて当然の常識である。

 だが、彼の主張の中身を「日本無罪論」と解釈するのは誤りである。
 20数年前、予備校生だった私は神保町の大型書店で『パール博士の日本無罪論』なる書を見つけた。その本自体が異様に小さく粗末なつくりで、いかにも少数派の主張みたいな装丁だった記憶がある。
 その時、立ち読みして思ったのは、それまで知らなかった意外な事実であるということ。だが、どう読んでも連合国側判事の主張の誤りは指摘されていても、けして「日本」無罪論なんかじゃないのでは、との疑念だった。書名に偽りアリと感じた。

 昨年『中村屋のボース』を読んで感銘を受けていた。偶然この『パール判事』が同一の著者の最新著作と知り、大急ぎで書店に見に行った。
 序章を立ち読みした。そこには①なぜ著者がこのテーマで書くことになったのか、②パール判事の主張は「日本無罪論」と曲解され、右派の主張の根拠としてご都合主義的に流用され続けている・・・と明解に記されていた。

 冒頭のわずか8ページだけで、私の長年のわだかまりは氷解した。この書の存在を知らせてくれた方への感謝を念じながらレジに進んだ。

 箱根にあるというパール判事の記念館を著者が訪ねたときの記述から本書は始まる。地元のタクシーでさえ場所を知らず、訪問を予告したのに記念館は無人で、館内は埃にまみれ、資料は荒れ果てていた。
 そこまで読んで私は、20年前にひょんな事情から愛知県の三ヶ根山を訪れたときの事を思い出した。人に頼まれてその無名の山に車で登った。そこには、第二次大戦で玉砕した島々や、沈没した艦船の遺族会の、無数の慰霊碑が集められ一種異様な場所だった。朽ちた石碑の状況確認と、手ごろな石材業者の手配を私は頼まれていた。なんで?私が、という思いのままさまよっていた。夥しい石碑群の不気味な広場の一番隅に、一層不可解な一角があった。
 東条英機ら死刑になったA級戦犯の遺骨を安置した場所だと記されていた。え、と思った。未だ彼らは靖国神社の合祀もされず、東京裁判否定の主張など街宣カーの拡声器でしか流れなかった時代である。廃棄物として焼却処分された遺体の灰を密かに盗み出し、この地に葬ったと書かれていた。遺体をゴミとして処理する仕打ちが人道上許されるものとは思えない。だがそれが信用し得る事実か否かはそもそもあやしい。ともかくこの事も私の中に何十年もわだかまっていた。
 その後、A級戦犯は知らぬ間に合祀されていたことが明らかになり、首相が参拝したり、昭和天皇は合祀を憂慮していた事実が暴露されたりと、この問題には変転があった。
 だが、私の数々のわだかまりは晴らされないままであった。

 そこで出合ったのがこの本であったのだ。
 誠にフェアーな視点から極めて丁寧に書かれた本である。1人でも多くの知識人(これもはや死語?)が読むべき一冊だとさえ思う。

 本書をきっかけにパール判事の主張の真の意味が、あまねく日本の読者層に理解されることを切に念願する。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 埋もれた事実
感想投稿日 : 2011年2月27日
読了日 : 2007年12月17日
本棚登録日 : 2011年2月27日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする