真空地帯 (新潮文庫 の 1-2)

著者 :
  • 新潮社 (1972年12月1日発売)
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感想 : 2
5

最初は少し退屈だった。本の厚さを見ながら読むのを止めようかとも思った。しかし、木谷が真情を語り始めるに連れ、次第に引き込まれていった。

人は誰しも、自分を大事にしながら生きている。仕事の後、一杯の珈琲でも、或いは公園のベンチでの缶ビールでも、ささやかな慰めを自分に与えて生きていく人がいる。一丁四方の兵営という真空地帯の中でも、安西二等兵は利己的な手抜きで自らを慰め、安西を気遣い不寝番の交代を申し出る弓山二等兵は、幹部候補生の試験に希望を見いだしている。

しかし、軍法会議と陸軍刑務所は、そんな兵隊の一人だった木谷上等兵のささやかな自尊心を完全に打ち砕き、便紙一枚の自由すら与えない。刑期を終えた木谷の心に残っているもの、それは憤怒、復讐心、そして何より、真実を知りたいという思い。おそらくそういった感情が綯い交ぜになった状態で、彼は中隊に戻ってくる。

大岡昇平、五味川純平、野間宏・・・。彼らは、多感な時期に経験した理不尽なる軍隊経験をドラマチックかつ私小説的に描き出し、戦後派と呼ばれた。本書も刊行後一年を待たずに映画化されたくらいだから、その同時代的共感の大きさを窺い知ることができる。しかし、60余年を経た今日では、戦後派文学は殆ど読まれない。最早理解できない、エグさについていけない、というのが現代的反応だろう。しかし私は、この兵営という真空地帯とそこにささやかな自己を抱えて生きる兵隊たちを、現代の会社や社畜たちのデフォルメのように感じた。70年の時を超えて、押し潰されていく木谷の悲痛な声に心揺さぶられ、その意味で久々に文学することができた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文芸
感想投稿日 : 2015年1月25日
読了日 : 2015年1月25日
本棚登録日 : 2015年1月25日

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