出だしに施設に入った小島さんの奥さんのことについて触れられる箇所がある。その後、小説は自由自在な小島さんの語りによって展開されていくのだけれど、何となくまた奥さんのことで終わるのではないか、という予感めいたものがあった。事実、そうなって「ああ」と思ったのだけど、こういう終わり方をしなくても「ああ」と思ったのかもしれないなと考えた。いろんな終り方を事前に想像していたと思う。たまたまその一つと合致しただけなのだけれど、どこか感慨深いものがあった。「残光」という題通り、自分の中のどこかにささやかな光がぽっと灯るような。
小島信夫さんの最後の作品。
語りながら話の主体も、話の内容も少しずつ、もしくは大きくずれていく。意図的に書いている部分と思うにまかせて筆を走らせた部分と両方あるのかな、などと思いながら読んでいた。どんな読み方もできそうだけれど、どこか奥さんのことが念頭にありながら書いているのではないかと、個人的にずっと思っていた。施設にいる小島さんの奥さんは、もうすでに小島さんのことを認識できていない。言葉が通じないのだ。しかし言葉が通じなくても、小島さんの奥さんには見えている世界がある。その世界の言葉で、小島さんと話をしようとする。そのことはこの小説全体と似ている気がするのだ。日常の文法を逸脱する方法でコミュニケーションを試みる。それは衰えゆく身体とリンクしている。並の人なら、この状態で言葉を紡ごうとしないのではないか。これは大変な力業ではないかと思う。老いたりとも、身体の底に残っている強靭な意志のような力を感じる。この作品で小島さんは奥さんとコミュニケーションできたのだろうか。
小島信夫さんの若い頃の小説も読みたくなる。
- 感想投稿日 : 2012年10月22日
- 読了日 : 2012年10月22日
- 本棚登録日 : 2012年10月22日
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