中国史(下) (岩波文庫)

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  • 岩波書店 (2015年6月17日発売)
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下巻では宋王朝による天下統一から、元、明、清を経て中共の成立まで、宮崎の時代区分論にしたがえば、近世から最近世までを扱う。この間、まず漢民族の宋朝が北方民族と対抗しながら、独自の歴史を展開するが、時の経過とともに老化現象が起こり、遼、金、蒙古という北方勢力との競争に敗れ、元朝の支配時代を迎える。次の明、清二王朝は多分にこの繰り返しだと宮崎は言う。即ち明は宋の繰り返しであり、清は元の繰り返しである。そして、宋に続く三王朝は近世の王朝という点で、宋の繰り返しという面がある。したがって、中国近世史の特徴を最も典型的に示すのが宋代であり、本巻の白眉もその叙述にあると言ってよい。

宋代の特徴として宮崎があげるのは、政治においては強力な君主独裁権の確立、経済においては貨幣経済の隆盛と好景気、文化においては儒教解釈を刷新した宋学や新興知識階級による古文復興運動など言わば中国版ルネッサンスだ。しかもいずれもヨーロッパに数百年先行したということが特筆に値する。見ようによっては中華思想丸出しの中国文明中心史観とも受け取られかねないし、実際一部の保守派知識人(例えば西尾幹二氏)にはそうした反発もある。

しかし、本書を丹念に読めば、宮崎の中国に対する極めてドライな批判精神が随所に現れている。ヨーロッパの近世絶対主義国家は近代国民国家のプロトタイプと言えるが、これと宮崎が宋王朝に見出した「近世」は明らかに異質なものだ。宮崎は言う。「宋代の政治機構は、軍人というものは革命を起こしたがるもの、文官というものは汚職をしたがるもの、という基本認識の上に立って、その弊害を防止することに重点が置かれている。こういう制度の下では、軍人も政治家も、抜群の功績を挙げることは望むべくもない。」軍の団結を分断するために指揮系統を分割して天子に直属せしめたり、地方政府に実質的な決裁権を一切与えず、重要事項の決断は天子一人の権利であるというような事態は、中央集権を確立したと言っても、封建的分権性をくぐり抜け、しかも規模において遥かにコンパクトな近世ヨーロッパ諸国では考えられない。

中国との類似性を見出せるとすればロシアであり、その「帝国」的体質である。宮崎がこのことに気づかなかったはずはない。宋代はあくまで中国の「近世」であって、それがヨーロッパ近世の先がけであると単純に宮崎が考えていたわけではない。惜しむらくはヨーロッパとの共通性の指摘の陰に隠れて、異質性があまり強調されなかったことだ。

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感想投稿日 : 2023年12月29日
読了日 : 2015年5月16日
本棚登録日 : 2023年12月29日

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