ホーソーン短篇小説集 (岩波文庫)

制作 : 坂下昇 
  • 岩波書店 (1993年7月16日発売)
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感想 : 12
4

ホーソーンはウン十年前に『緋文字』を読んだきりだったのだけど、ボルヘスの『続審問』で「ナサニエル・ホーソン」を読んだら俄然「ウェークフィールド」が気になってしまったので、収録されているこちらをようやく。

短編集だから読み易いだろうと思っていたら意外にも手間取ってしまったのですが、原因は時代背景に馴染みがない=私がアメリカの歴史を意外と把握していなかったこと。アメリカ文学はやっぱり最近の作品を読むことのほうが圧倒的に多くて、ヨーロッパの小説を読むときほど歴史を意識しないのだけど、ホーソーンはアメリカ文学ではもはや古典の領域なのかも。

なので読みながら自分のために調べた周辺知識をまず整理しておくと、作品の舞台は大半がホーソーン自身の出身地であるニューイングランド地方、マサチューセッツ州、セーラム。ニューイングランドとはその名の通り、英国からの移民が住んだ植民地で、とくに英国で国教会から分離したピューリタン(清教徒)が多く住んだ地域。

セーラムは、1692年に起こった「セイラム魔女裁判」が有名な土地、たぶんアメリカで最大最悪のこの魔女狩り騒動の裁判の判事を務めたのはなんとホーソーンのご先祖ジョン・ホーソーン。Wikiによると「200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑、1名が拷問中に圧死、2人の乳児を含む5名が獄死した」そうです。こわ!

アメリカ合衆国の独立が1776年。ナサニエル・ホーソーンの誕生は1804年で、独立から30年も経っていない。ちなみに同時代の作家はエドガー・アラン・ポー(1809年 - 1849年)ハーマン・メルヴィル(1819年 - 1891年)ちょっと先輩ワシントン・アーヴィング(1783年 - 1859年)あたり。ちなみにいつもの個人的な趣味でひとこと書き添えるなら、ホーソーンが亡くなった1864年は日本では幕末、池田屋事件のあった年。以上前置き終わり。

『緋文字』が宗教的な話だった印象なので(うろおぼえ)短編もそうかと思いきや、意外にもゴシックホラー系の話がいくつかあり大変嬉しい誤算でした。とくに印象に残ったのは上述セーラムの魔女裁判に題材をとった「ヤング・グッドマン・ブラウン」ホーソーン自身を思わせる若者が魔女たちの集会の夜に迷い込んでしまう悪夢のような一夜。

「アリス・ドーンの訴え」も魔女裁判後の処刑が行われた絞首台の丘が舞台になっている。『緋文字』のモチーフにもなったと思われる、ホーソーンの母方のご先祖の近親相姦事件(アメリカで成功した青年が二人の姉を英国から呼び寄せるが、この姉二人と近親相姦だと現地妻から訴えられ、姉二人はIncest(近親相姦)の「I」の文字を縫い付けられて鞭打ち刑、姉の一人は妊娠していた)がベースになっており、複雑な構成だが幻想的。

ボルヘスお気に入りの「ウェークフィールド」は、妻に数日外出すると言って出かけた男がそれきり帰らず隣町に住み、20年間妻をこっそり観察、ある日ふらっと帰ってくるという、人間の心理の不条理について考えさせられてしまう話。現実的に考えるとそのあいだの生活費どうしてたのかとか気になっちゃうし、どちらかが再婚するとか死んじゃうとかの可能性もあるはすなのだけど、着眼点はそこではない。

ポーが激賞したという「白の老嬢」は、いかにもポー好みのゴシックホラー。ひらたくいうと三角関係の話。男性は何かの理由で亡くなってしまうのだけど、ライバル同志だった女性が、男性の遺体の前で「いつか白黒つけたるわ(※意訳)」と再会を約束、老嬢になってから約束通り再会し・・・でも結局二人のあいだにどんな諍いがあり、結果がどうだったのか読者は断片的な描写から想像するしかない。スッキリはしないんだけど雰囲気を楽しむべし。

「フェザートップ」は魔女が箒やひしゃくで造ったボロボロのカカシにパイプの煙で魂を吹き込みフェザートップと名付ける。パイプをふかしている間は他の人間にはイケメンに見えるので、早速町の有力者の娘を口説きにでかけるが、魔法の常で鏡に映った姿はカカシのまま。普通は相手の女性がそれに気づいて・・・となるところだけど、繊細なフェザートップは自身の本当の姿に傷ついてしまう。コミカルだけど切ない。

「雪少女」は民話によくある「雪娘」系。無邪気な幼い姉弟が雪で造った女の子が本当に動き出す子供むけファンタジー風に始まり、お約束で最後は溶けてなくなっちゃうわけですが、親切めかしたお父さんが子供が止めるのも聞かず無理やり雪少女を暖炉の前に連れていくくだりが結構胸くそなので、実際には大人向けのシニカルな印象に。どれも面白かったけど、翻訳がちょっと古いような印象を受けた。ホーソーンは他にも沢山の短編があるそうなので、古典新訳文庫あたりで出してくれないかしら。

※収録
僕の親戚、メイジャ・モリヌー/ヒギンボザム氏の意外な破局/ヤング・グッドマン・ブラウン/ウェークフィールド/白の老嬢/牧師の黒のベール/石の心の男/デーヴィッド・スワン/ドゥラウンの木像/雪少女/大いなる岩の顔/フェザートップ/アリス・ドーンの訴え

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ★アメリカ 他
感想投稿日 : 2019年8月15日
読了日 : 2019年8月14日
本棚登録日 : 2019年8月13日

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