新装版 世に棲む日日 (2) (文春文庫) (文春文庫 し 1-106)

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  • 文藝春秋 (2003年3月10日発売)
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再読中。ペリーが去ったため、長崎でロシア艦に密航計画をたてるも失敗、翌年再びやってきたペリーの船に、今度こそと松陰先生と弟子の金子重之助は密航を実行に移す。しかし幕府と余計な揉め事を起こしたくないアメリカ側は当然乗船拒否(でも意外とペリーは親切)陸へ送り返されるが、正直者の松陰先生はそのままバックれたりせず、自ら奉行所に自首して出る。逮捕され獄に入れられ、のち長州藩に身柄を渡されて、野山獄に収監される。

この野山獄でも、天真爛漫な松陰先生は、他の房の囚人たちの心を開き、獄中をめちゃ前向きな教育現場にしてしまう。司馬さんは繰り返しこの、松陰先生の明るさ、快活さ、人を信じやすく、それゆえに人からも信じられる松陰先生の無邪気さについて言及している。陽明学を信奉し、机上の空論より行動を良しとする激烈な行動的思想家であると同時に、おめでたいまでに前向きで楽天的。

やがて自宅謹慎となり、ついに松陰先生の松下村塾が開かれる。このあと、松陰先生については駆け足だ。2巻半ばにして、主人公は高杉晋作へとバトンタッチ。安政の大獄で再び江戸に呼び出され裁きを受けることになった松陰先生は、当初の楽観とは裏腹にあっけなく処刑されてしまう。司馬さんは松陰先生の死についてはくどくど書かず、有名な辞世の句も「親思う~」の句も紹介しない。ただ彼が相変わらずの正直さと信じやすさでもって、自ら聞かれもしない間部詮勝暗殺計画についてべらべらしゃべってしまった経緯にだけ詳しい。

例えば「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」には、史実だけでなくフィクションの司馬さんオリジナルの創作エピソードが沢山盛り込まれていて、もともとモテた竜馬さんにも土方さんにもさらに架空のオリキャラ女性との恋愛話も付け加えられているけれど、松陰先生については、司馬さんはその手の創作エピソードを極度に省いているように思う。松陰先生は基本的に童貞認定なので(野山獄の女囚・高須久子とのほのかなプラトニックラブが匂わされるだけ)その手の女性関係のエピソードを足せないというのもあるだろうけど、司馬さんはひたすら彼の純粋さのみ強調している。

さて、高杉晋作。天保10年(1839年)生まれの晋作は松陰先生より9才年下。松下村塾に入門したのは18才のときで、松陰先生が29才で亡くなったときに二十歳。松陰先生のもとで学んだ期間は実質3年ほど。松陰先生が伝馬町の獄に入れられていた頃にちょうど江戸留学していたため、松陰先生のために奔走、しかし処刑直前に国元に呼び戻されていて、亡くなったときには江戸にいなかった。

ところで晋作は、お坊ちゃまである。幕末の志士の中では断トツの家柄の良さで、これは特筆すべきことだと思う。以前、木戸孝允の生涯を描いた村松剛の『醒めた炎』の感想でも似たことを書いたことがあるけれど、革命というのはやはり現状に不満のある者が起こすもので、つまり身分の低いもの、貧しい者がその原動力となることが大半だと思う。長州藩の奇異なところは、高杉、桂といったリーダー格の面々が、藩内でも高い身分で、そのまま十分立身出世が可能な立場だったにも関わらず、藩ぐるみで革命に乗り出してしまったところ。司馬さんも「こういう家の出身者が、革命家になるというのは長州だけでなく薩摩や土佐でもきわめてまれで、ましてその指導者になったという例は他藩でも絶無に近く、こういう点、高杉晋作の存在は、じつに珍奇というほかない。」と書いている。

そして、俗に言う「賢侯」に数えられない藩主、「そうせい候」と呼ばれた毛利敬親が、けして暗愚な殿さまではなかったことは司馬さんも認めているようだ。そしてやはり個人的には『醒めた炎』で桂小五郎があまりにもお殿様を好きなこと、これもまた長州藩独特の奇異なところだと思ったけれど、高杉晋作も同様。彼もまた、これはむしろ身分が高いからこそ、お殿様への忠誠心が強い。これについても司馬さんは「他の多くの志士たちが、藩主と藩をすてることによってはじめて革命家でありえたのとは、ひどくちがっている。」と書いている。

さてそんな高杉晋作、21才で防長一の美人と言われた嫁・雅も貰い、長州藩の軍艦「丙辰丸」で江戸に渡って剣術修行に励んだりするが、久坂玄瑞を中心にどんどん過激化する村塾系の書生たちと一緒になり、藩の幹部・長井雅楽の暗殺を画策、桂さんにバレて、上海渡航を餌に釣られてあっさり暗殺は諦める。この上海行は、幕府の派遣する船に、各藩の秀才が便乗する形で同行しており、薩摩からは五代才助(友厚)が潜りこんでいる。本来新し物好きの晋作は、上海ですっかり西洋文明にかぶれているのだけれど、だからこそ帰国後、攘夷をテコにして倒幕すべきと考えるようになる。藩命で上海に行ったのに、帰国後早速脱藩し・・・。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ○司馬遼太郎
感想投稿日 : 2020年4月15日
読了日 : -
本棚登録日 : 2012年9月21日

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