連作っぽい短編集。とある50歳男性のとりとめのない回想からスタートし、突然思いがけない方向に話が転がり出すので、どこに連れていかれるのかわからない感覚が面白かった。
いちばん面白かったのは「脱走」50歳男性は何もかも捨てて見知らぬ温泉街に行き、泊まったホテルで「ここで働かせてほしい」と言い出す。そこでは断られるが突然見覚えのない白髪の老婆が元同級生と名乗り彼女の経営する温泉宿で働かせてくれるが毎日は同じことの繰り返しで…。
ある日気ままに旅に出て、お金が尽きたら泊まっていた宿に「ここで働かせてほしい」というの、小説やドラマでよくみるけれど(サスペンスドラマに出てくるワケアリの仲居さん的なの)実際にやってみた人はどれくらいいるんだろう。たぶん50歳男性の現実逃避の妄想かなあと思いつつ、絡められる山下清のエピソードなども面白く読んだ。
最後の「恩寵」だけは、なぜかルポ風の、明治時代にハワイに移民した日本人たちの話で、これはこれで興味深かった。金井美恵子の解説がとてもわかりやすかったので以下引用しておきます。金井美恵子自身の小説もこれですよね。
「小説を読むということは(あるいは書くということは)、私たちの持っている様々な記憶の中の、言葉で書かれた本や、映画や、町や公園や川や山やといった空間で出来た世界の、無数の輝いてざらついていて、しかも平板な断面が、今読んでいる小説と、何枚もの布地としてところどころで縫いあわされ、混りあいつながっていることを(それは、裏返しだったり、重なり具合がずれて、幾重ものヒダになっていたりもする)確認することだ。」
※収録
過去の話/アメリカ/見張りの男/脱走/恩寵/解説:金井美恵子
- 感想投稿日 : 2021年7月6日
- 読了日 : 2021年7月5日
- 本棚登録日 : 2021年7月2日
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