『吾輩は猫である』殺人事件 (河出文庫 お 34-1)

著者 :
  • 河出書房新社 (2016年4月5日発売)
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麦酒に酔っぱらって水甕に落ち死んだはずの吾輩は、なぜか上海行きの船倉で目覚める。上海に上陸した吾輩は、なんとか上海の猫社会にも馴染み逞しく生きていたが、ある日、上海の日本租界・虹口(ホンキュウ)でみつけた古新聞で、かつての主人である苦沙弥先生が非業の死を遂げられたことを知る。猫仲間たちが事件に興味を示し、おのおの推理合戦を繰り広げることになるが…。

書き出しはもちろん本家と同じく「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」漱石の文体そのままに、生きていた名無しの吾輩が、上海の猫仲間たちの手を借りて苦沙弥先生殺害事件の謎を追う。この猫仲間たちが個性的。一座のボスであるシャム猫「伯爵」、ドイツ軍人に飼われていた隻眼の黒猫「将軍」、ロシア領事館の白いチンチラ「マダム」、地元上海の情報通「虎」君、そしてイギリス猫のホームズとワトソン。最後の二匹の飼い主はもちろんあの人たちで、上海に逃げたモリアチー教授を追いかけて主人と共に来たという設定。宿的はもちろんバスカビルの狗(笑)

中盤は猫たちの推理合戦。本家『吾輩は猫である』の登場人物たちのうち、苦沙弥先生の家に頻繁に出入りしていた迷亭、寒月、東風、独仙、多々良、鈴木、甘木らお馴染みの登場人物たちが容疑者として名をあげられる。さらに水甕に落ちてから上海行きの船で目覚めるまでの記憶がすっかり抜け落ちている吾輩は、虎君に催眠術を使う雌猫のもとへ連れていかれて夢を見るくだりは「夢十夜」になっており、この夢が謎解きに重要な役割を果たすことになる。

やがて上海に上記7人やさらに山芋泥棒まで姿を現し、事件は苦沙弥先生殺害事件のみならず、それ以前に変死した苦沙弥先生の同窓生らの変死にまで関わり、変人だが善良だったはずの『吾輩は猫である』登場人物たちが次々と麻薬密輸だの動物兵器開発だの猫を使ったある実験だのの悪事を暴かれてゆき、さらなる死人も出ることに。最終的にミステリーどころかSF的な展開をみせ、驚愕怒涛のラストへ…。

読み始めてすぐ、これは本家『吾輩は猫である』を再読しておけばもっと楽しめたのに、と後悔したのですが、とりあえずそのまま読み進めることに。うろ覚えとはいえ、おそらく本家に書かれていることをそのまま伏線として利用し、破たんなくまとめてある手腕はさすが!と感動。もし今から漱石のほうを読んだら、この登場人物がのちのちあんな悪事を…とか、この言動の裏にはこんな事情が…とか、ありもしない深読みをしてしまいそう。

そもそも漱石の『坊ちゃん』『吾輩~』あたりについては、文豪ものの中では比較的とっつきやすいおかげで中学生くらいで読んでしまっていてすっかり読んだ気になっていたけれど、当時すじがきを追うだけの読みかたしかしておらず(まあ今もそうだけどさ)細部については当然もう覚えていない。個人的に漱石で繰り返し読んだのは『夢十夜』だけだ。今更だけど改めてちゃんと漱石を読みなおそうかなと思いました。

それにしても600頁越えの分厚い文庫で大変読みごたえはありましたが、ラストについては、だから面白い、という気持ちと、ミステリーとしてこれは反則では?(SFだし)という気持ちが半々。何冊か奥泉光を続けて読んで、なるほどこの作家ならこう書くだろうなという認識ができてきていたので、すんなり受容できたけれど、免疫なく初めて読むのがこの本だったら、ラストでちょっと怒っていたかもしれない(苦笑)

対談:柄谷行人×奥泉光/解説:円城塔

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  >え~お
感想投稿日 : 2020年6月6日
読了日 : 2020年6月6日
本棚登録日 : 2020年6月4日

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