黄金の少年、エメラルドの少女 (河出文庫 リ 4-1)

  • 河出書房新社 (2016年2月8日発売)
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感想 : 16
4

残雪を数冊読んで、現代中国文学の女性作家に興味が沸いたのでイーユン・リーを。こちらは短編集。

1作目、ほぼ中編の「優しさ」がとても良かった。取り壊されそうな廃墟アパートに住む孤独な41才の女性・末言(モーイェン)の回想。美人だが狂っていた母は二十歳のときに五十歳の父と結婚、二人はある約束をしている。子供の頃、近所に住んでいた教師の杉(シャン)教授という女性は末言にさまざまな読書の楽しみを教えてくれるが、言わなくていい余計なことも教える。18才で軍に入隊(※義務らしい)、女性上官の魏(ウェイ)少佐、同僚の少女たちとの出会いと別れ。

生い立ちが複雑な末言は、なかなか他者と打ち解けようとせず、誰にも甘えられず、孤独を気にしない。しかしそんな彼女を、気にかけ理解しようとしてくれた人たちが大勢いたことを、41才の彼女はわかっている。たくさんの人々が自分にさりげなくかけてくれた「優しさ」に実は自分が生かされてきたことを。とても複雑な余韻が残る。物悲しい絶望的な状況の中に、ほんの少しだけ控え目な温もりが残されているような。

他の作品も「優しさ」とは何かを考えさせられるものが多かった。刑務所の近くに住む女性が服役中の男に面会にくる女性たちに手を差し伸べる「女店主」、この女店主のしていることは全くのボランティアで大変素晴らしい行動なのだけれど、それを褒められたい、感謝されたいという彼女の承認欲求が強すぎて、無償なのに利己的、慈善なのに偽善という奇妙なアンビバレンツが印象に残る。「優しさ」の杉教授の親切もとても自己満足的で素直に喜べない側面があったけれど、でもやっぱりそんな優しさでも誰かの役には立っている。

ネット上で父親の不倫を告発した若い娘を執拗に憎み、その父親に同情して会いにゆく赤の他人の初老男「彼みたいな男」も、結局救われたかったのは彼自身だったわけだけど、それでも結果的に少し他人を癒すことにもなっているので彼がしたことは善行なのだろう。

一人娘を事故で亡くした高齢の女性が代理母に選んだ若い娘と疑似母娘的な関係を築くもそれぞれのエゴで破綻する「獄」、仲良し老女6人組が、夫の浮気で離婚した一人をきっかけに不倫専門の探偵事務所を開き繁盛するも、ある依頼者のあまりの不幸に調査をためらう「火宅」、少女の頃好きだった既婚男性がすでに老人となり妻と死別したのち何とか口説き落とそうとする執念深い中年女の「花園路三号」など、どの作品も、なんというか、利己的な善意(しかし一種の愛情)を持つ登場人物がとても嫌な感じに(つまり上手く)描き出されていたと思う。

表題作は、大学教授の母親と、ゲイであることを隠している息子、さらに教授の教え子の女性の複雑な三角関係。これだけは一種のハッピーエンド?と言えるかもしれない。「流れゆく時」はとても哀しい話だった。仲良しだった三人の少女が大人になり思いがけない破綻を迎える。あまりにも惨い出来事を受け入れるためには誰かを憎むことでしか悲しみを紛らわせないのだろう。

最後に余談ながら、人名には繰り返し読み仮名がふってあって親切だったのだけど、地名はほぼスルーなのがちょっと残念でした。たとえば「花園路」日本風に読めば「はなぞのみち」だけど、たぶん違うでしょう。あと「工作单位」などの中国独特の言い方を、そのまま残すならせめて注釈を入れてほしかった。翻訳の難しいところだとは思うけれど、普通に「勤務先」と日本語に訳してしまうのでなければ、ひとこと説明が欲しかったなあ。

※収録
優しさ/彼みたいな男/獄/女店主/火宅/花園路三号/流れゆく時/記念/黄金の少年、エメラルドの少女
解説:松田青子

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ★アジア・インド・アフリカ
感想投稿日 : 2019年7月26日
読了日 : 2019年7月26日
本棚登録日 : 2019年7月26日

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