短編集。どれも基本的に死者の話で、「死者の百科事典」は収録されている1作のタイトルながら、全体のタイトルとしても秀逸。それにしても全作やや難解だった。ある程度予備知識が必要なものが多かった気がする。そしてとにかくディテールの積み重ねなので、その情報読者にはそこまで詳細にいらないよ~という細部の羅列、しかしそれらのディテールがあるからこそ成立している作品なので、機械的に読むけど記憶に残す必要はない、と割り切って読むべきかな。
表題作は、スウェーデンの王立図書館を訪れた女性が、無名の死者の生涯のみをこと細かに掲載している「死者の百科事典」をみつけ、亡くなったばかりの父親の項目を読み耽る。正直、平凡なふつうのお父さんの伝記の詳細など聞かされても娘ではない読者は退屈なのだけど、このディテールがやはり大事なのだろうなあ。オチが意外に効いている。
他の作品は実在(とされている)人物、有名人でなくとも実際の事件を扱ったものも多く、ある意味ノンフィクションなのに、なぜかボルヘスあたりが得意だった実は架空の人物や事件の巧妙な伝記風の味わいがある。
「魔術師シモン」は、新約聖書に登場する人物で、異端のグノーシス主義の開祖ともいわれるシモン・マグスの話。基本は新約外伝の『ペテロ行伝』にある、シモンが魔術で空中浮揚してみせるも、ペテロが神に祈って墜落死させたというエピソードの脚色(つまりシモンは悪役)なのだけど、神に対して不敬な言葉を吐くシモンのほうに個人的にはとても共感しました。
「眠れる者たちの伝説」は、どこかで読んだ気がしたのだけどそうだコーランだ。「洞窟」の章にもある洞窟で眠る人たちの話(迫害を逃れようとした7人の若者が犬に案内されて洞窟に辿り着き309年間眠り続ける)をベースに聖人伝説が入り混じっている。牧人ヨハネというのはパプテスマのヨハネ=サロメに首を斬られた彼のことかしら。ディオニシウスもまた、首を斬られてもなお布教を続けたという伝説の聖人。夢と現と幻想が入り乱れてとても美しい作品だけれど何度か寝落ちした(ごめんなさい)
「王と愚者の書」は、史上最悪の偽書と呼ばれる「シオン賢者の議定書」の成立を読み解いたもの。不勉強につき未読だけれど、同じテーマでウンベルト・エーコが書いたのが『プラハの墓地』らしい。これは正直いちばん難解だった。勉強しなおしてから再チャレンジしたい。
比較的わかりやすかった「未知を映す鏡」は、ジプシーから買った鏡で自分の父と姉たちが殺される場面を見てしまった少女の話。こう筋書きを書いてしまえばそれだけだけど、事件とは無関係でほとんど意味のない、事件前のとりとめのない姉たちの心情などが詳細に書き込まれている。ゆえに、彼女たちが本当にいたかのように感じらる効果というのはあるかもしれない。印象は全然違うけれど、ある意味、金井美恵子あたりの饒舌体に通じるものがあるのかも(笑)
※収録
魔術師シモン/死後の栄誉/死者の百科事典/眠れる者たちの伝説/未知を映す鏡/師匠と弟子の話/祖国のために死ぬことは名誉/王と愚者の書/赤いレーニン切手/ポスト・スクリプトゥム
- 感想投稿日 : 2018年12月28日
- 読了日 : 2018年12月28日
- 本棚登録日 : 2018年12月20日
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