ギャルとギャル男の文化人類学 (新潮新書 334)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103346

作品紹介・あらすじ

真っ黒な肌、奇抜なメイクにド派手なファッション。ストリートにたむろし、クラブでパーティー-。日本を席巻し始めたギャル文化の象徴「イベサー」を、かつて集団のトップを務めた男がフィールドワーク。数百人のギャルの肉声から、現代の「未開の部族」の内面に迫る。「やっぱり礼儀と学歴は大事」「いかに早く遊んで落ち着くか」など、その奔放なセックス観から意外に保守的な未来像まで、彼らの素顔を大解剖。

感想・レビュー・書評

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  • 元・サー人(イベント・サークルのメンバー)=ギャル男による自伝的記憶と取材に基づくエスノグラフィーである。「ギャルとギャル男の…」というタイトルではるが、このような事情により「ギャル男」カルチャーについての記述と分析がメインとなっている。
    本書を読んでいるとどうしてもポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』を思い出し、比較せずにいられない。どちらも学校カルチャーにおける尺度とは異なる尺度をつくりだしそれに準拠することで一見、彼ら自身の文化でのサクセス・ストーリーを歩んでいるように見えるけれども、その実、マクロな社会全体で見れば、社会の下層階級に向かって身体化されていくというその矛盾。その矛盾がさらに残酷なかたちで、日本社会のなかで現出している…そんな印象を持った。
    おそらくそれは、本書の多くが自伝的エスノグラフィーとして記述されていることと無関係ではないかもしれない。元「サー人」である著者は一見、「サー人」たちのカルチャー独自の美学や価値観を、ひとつの「価値あるもの」として記述しようとしながらもそれに失敗(本書では「中立的」と記述されているが、私はあえて「失敗」だと言いたい)しているように思える。最終章で筆者は、親をはじめとする「大人」たちによる救済を訴えているが、自分たちがはじめに自ら背を向けた「大人」たちに、さらなる救済の手を求めなければならない文化とはいったい何なのか。
    そのような意味で、社会の「悪」の部分に抵触する文化を記述することについて考えさせられる本だった。

  • いやー、すごいっすね、イベサー。
    そんなものになんの接点もなかった僕だけど、
    大学時代にもっと学べることは本当にたくさんあったように
    思えた。なんだろう。
    ほんとうにいろんなものが、
    いろいろ面白いと思えてくるのなぁ。
    渦中にいるとそんなことには気づきもしないんだなぁ。

  • 2000年から2009年くらいまでの話

  • これはなかなかおもしろかった…

    ギャルなんて、バカ、とか、勘違い、とかで一括りにしてたけど、
    とてもわかりやすく解説されていた。

    彼らは彼らなりに、憧れや将来像を持っていた…

    23 BLEA

    188 成功をつかむためには、読み書き算数ができるだけの…良い子ちゃんではダメだ…多少悪いことも出来るほうが出世してる

    209 サー人の理想像
    意外にまともな人が多く挙がってて驚き

    223 参考文献の多さに驚き

  • ホンマに関わりない世界。色々考えてるんやなって思ったけど、意外と就職先しっかりしてることに驚き。

  • カタログ中に見た著者の写真に驚いて、読んでみた本。ギャルとギャル男ってそんな組織化してたんだ!と、読んでさらに驚いた。

  • 課題図書

  • The new classicというブログの「修士論文が元になった瞠目すべき学術書6選」(http://newclassic.jp/archives/157)で見かけ、手にとる。/かつてサークルの代表を務め、その後大学院に進学した著者が、再度イベサー時代の外見を身にまとい、フィールドワークしたもの。/著者がサークルに入ったきっかけは、ここならノリの合う友だちもできるし、武勇伝もできる、と思い酔った勢い。/早く遊んで、早く落ち着く価値観。警察に代表される公的機関に相談することは美意識に反する、アウトローとしての誇り。本音と建前を使い分け、キャラを作ってそれを演じ、実態まではふみこませない、お互い踏み込まないことが暗黙の了解。意外と保守的というか、社会の縮図みたいなところがある。そこにアウトロー風の味付けがされているだけで。中に入れば、厳しい上下関係、対外交渉、内部の結束を固めるための「ナゴミ」、内務的な仕事、少ない時間、かかる費用、上に立つプレッシャーなど、傍から見られるほど遊んでいるわけでもなく、正直割に合わないのではないか、とも思えるけど、若いうちにヤンチャしなかった/できなかった身には見えないものがあるのだろうか、と。

  • 最近バキバキのギャル男をあまり見ない。ギャル男やるのも金がかかるという実態を知り、不景気が理由なのかなと思った。

  • 黒い肌と白っぽい髪とメイク、露出の激しいファッションで夜通し遊ぶ若者たち。そういうギャルとギャル男、中でもイベント・サークルで活動する人々=サー人を、元サー人の慶応大院生が参与観察した修士論文だそうです。

    イベサーの歴史や実態を説明する1章・2章はそこそこですが、その行動原理や価値観を考察する3章・4章は興味深い。彼らの価値観の問題に憤慨している5章は、まあわからんでもないが…うん。

    サー人の価値観・評価基準をサー人へのインタビューをもとに「ツヨメ」「チャラい」「オラオラ」と分析したのは本書の一番すぐれているところだと思う。それぞれ、社会的・性的・道徳的逸脱を示しているのだという。
    それに合わせて彼らの行動やファッションが説明され、彼らの将来設計に対する影響も指摘され、そのあたりはおもしろかった。

    「昔はチャラかったけど、今は落ち着いてる」、「イケイケだけど礼儀正しい」といった人が評価されるというギャップ戦略やその内容はどこのヤンキーや不良文化にも見られるけど、ここで主な対象としている東京の、それも比較的社会的階層の高い若者たちにとっては、話の規模や一般社会からの評価の気にしどころが大いに違う。
    そこが面白いところなんだろうけど、ゆがんだ特権意識のようなものも見て取れる(特権意識に筆者は気づいているのだろうか)。

    サークルの代表まで勤めて、イケイケながらも「落ち着いた」著者近影でサー人本まで出す筆者は、多分、彼らのなかではかなりイケてる人なんだろう。5章が微妙なのは、そういうほほえましい自分アゲがほの見えるからでもある。

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著者プロフィール

荒井悠介
著作『ギャルとギャル男の文化人類学』新潮社など

「2017年 『『社会学理論のプラクティス』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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