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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。
― 95ページ -
私はヨカナーンの首がほしうございます。
― 76ページ -
あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたのだよ。
― 89ページ
みんなの感想・レビュー・書評
舞台やピアズレーの絵もいいけど
個人的解釈としてはサロメは超ピュア!
創造力の働く、綺麗なお話でした。
大体のキリスト教のニュアンスはわかったけど
「エリアこそ、神を見た最後の者」って一文が
わからなかった!綺麗でお気に入りです。
フェチズムと変態性の強いコミュ障ばかりの話だなあとかいやいやそんな(笑)
予想よりサロメから悪女の匂いがせず純粋な少女(それこそ初恋の相手いとしさに屍体に変えてしまってですらその唇をほしがる善悪の垣根を越えた純粋さ)として描かれていて、なんだか真っ当な恋物語だったように錯覚しました(笑)
あの有名なセリフ「おまえに○○したよヨカナーン」
がたっぷりと堪能できる。
流れるような文体といい、訳といい、酔ってしまう。
聖書の中の醜い劇を腐食した愛の話に変えた。
狂愛ともいえる。
その悲しくも美しい話。
幻想的で無骨で艶かしい。
舞台で演劇する様を想像しながら読んだ。
実際の舞台で観てみたい。
すごく色っぽい文体が、ビアズリーの挿絵と相まって、実にすばらしい世界観。こういう反復される台詞回し大好き。
旧仮名遣いなのも好感が持てました。
ひさしぶりに読んだ戯曲。
「サロメ」は、新訳聖書マタイ伝第十四章第六節以下、およびマルコ伝第六章第二十二節以下の記述に基づいている。
物語は、ユダヤの王妃美しいサロメは、城に捕えられている預言者ヨカナーンを目にし、初めて恋をし、そして初めて相手に拒絶される。
サロメはユダヤの王エロドにヨカナーンの首を望み、ヨカナーンは首を切られ殺される。
サロメはそのヨカナーンの唇にようやく口づけを交わす。そのくちづけは苦い恋の味がした...。
神秘的であり怖さもある作品。
殺してでも手に入れるヨカナーンのくちづけ。作者オスカー・ワイルドは寓話「しあわせな王子」の作者でもある。どちらの作品も最後に心に残るインパクトは計り知れない。
ヴィンセント・ビアズリーの挿絵が文体によく沿っており、それらを含めてこその完成美と言える。
耽美主義の傑作。
頽廃的な美が織りなす世界です。
本の中の、
オーブリー・ビアズリーの絵も美しくて
サロメの世界観をより素晴らしく表現してくれています。
狂愛という印象。皆が皆、人の話を聞かないのでいらいらもし、王族だなあとも思い。サロメは不思議な魅力があって、魔性の女のようでもあり、幼い我が儘な女の子のようでもあり。耽美とはこういうものを言うのね
愛する男の首を所望するサロメ。
そのために踊っているとき、何を想っていたのだろう。
あまりに激しすぎる恋の炎は、心が凍りつくほど煮え滾っている。
何てなまなましい作品だろう。
辺り一面血糊のような、真昼でも夜のような。……
『一目でいゝ、あたしを見てくれさへしたら、きつといとしう思うてくれたらうに。さうとも、さうに決まつてゐる。戀の測りがたさにくらべれば、死の測りがたさなど、なにほどのことでもあるまいに。戀だけを、人は一途に想うてをればよいものを。』
妖しい美しさで王エロドの心を奪ってはなさない王女サロメ。
彼女は預言者ヨカナーンの首を所望する。
これぞ世紀末的物語。
貴族的楽園のトラジェリー。
エレガントな妖艶。
運命の悪戯が襲いかかる。
生首。
口づけ。
月の光のもと、王女サロメが妖しくうつくしく舞う――七つのヴェイルの踊りの褒賞に彼女が王に所望したものは、預言者ヨカナーンの首。ユダヤの王女サロメの恋の悲劇を、幻想的で豊麗な文章で描いた、世紀末文学の代表作。ビアズレーの挿絵18点を収録。
劇本いくつか読んだけど、やっと手応えを感じた
観てから読むべきなのか?と思ってたけど、これはこの本だけで充分楽しめる一冊
幾度か繰り返されるサロメの愛のセリフやヨカナーンのそれだけで詩的な預言が重なり合ってすてきに酔える
しかもビアズレーの挿絵たくさん...幸せの時にでるため息が何度もでた
図書館で借りたけど、これは買いだなあ~
買った。二度目を読んだがさらに良い。これは愛読書になりそうだ。
ビアズレーの挿し絵もさることながら、言葉も、全体に漂う空気感も、とても美しい。
「お前の口に口づけしたよ、ヨナカーン」
翻訳がいいよね

王女は予言者を見たいという。
予言者は王女に見るなという。
王は王女を見たいという。
后は王女を見るなと王にいう。
王女は予言者を見るために、
王に自分を見せつける。
王女の踊...






