いのちの食べかた (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
3.76
  • (18)
  • (33)
  • (21)
  • (5)
  • (2)
本棚登録 : 358
感想 : 53
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041013328

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 僕はお仕事の一つとして、「お肉はどのように作られて僕らの食卓に届くのか?」というお話をするために、小学校に招かれて授業をすることがごくごくたまにあります。名付けて「いのちの授業」というものです。

    僕らが生きていくためには、栄養を摂らなければならなくて、そのためには「他の生き物の生命」をいただかなくてはならないわけで、それを残酷で嫌なことだと思ってしまうと、食べ物を食べることができなくなってしまうわけです。

    でも、それでは健康に成長することができなくなってしまうのですから、「他の生き物の命」をいただくことについて、何らかの折り合いをつけなければならないということになるのだと思います。

    僕のお仕事からすると、食肉を大切に、ありがたいという気持ちで頂いていただければいいなあ、と思うわけですが、この本ではもっと話を深めて、僕たちが生きていく上で出会う様々な矛盾についても目を向けて、生きていく力を身につけていくことに狙いがあるように感じました。

    小学生にも読むことが出来るようにルビのふられた文章は、読みやすく噛み砕いた表現で、この作品を読んだいま、「いのちの授業」に招かれたら、この作品の中からの一節を引いてお話に加えたいと思っています。

  • もう十年ほど前でせうか、駅で聞いた、大学生くらゐの若い女性ふたりの会話。仮に夫々A、Bとしませうか。どうやら共通の知人宅へ行く為に駅で落ち合つたやうですが......
     A:何か買つて来た?
     B:うん、これ......(と言つて袋の中を見せる)
     A:ああ、食べ物ばかりだね。
     B:まあ、元は生き物なんだけど。
     A:さうだね、人間に食べられる為に生れてきたんぢやないからね。でも、すると「食べ物」つて何だらうね?
     B:うーん......

    『いのちの食べかた』は、元元年少の読者向けの叢書「よりみちパン!セ」といふシリーズの一冊として刊行されました。ゆゑに、本文は小学校の先生口調で、多くの漢字に振り仮名が付されてゐます。
    しかるにその内容は深く、老若男女すべての人間に関係するものであります。

    まづ牛や豚の肉について。我我の食卓に並ぶまで、いかなる経緯を経てゐるのか。誰がどんなふうにして殺してゐるのか。
    人類の肉食の歴史について。日本ではどうだつたか。鎖国下の肉食事情とはどんなだつたか。

    そもそも肉を食べる事は「残酷」でせうか。確かに他の生命を奪ふことは残酷でせう。しかし人間が生き延びる為には必要なことであります。生命といふものは食物連鎖の中で自然界に存在します。弱肉強食。
    菜食主義者なら良いのかといふと、さうでもありません。植物だつて生きてゐます。人間がその生命を絶つた瞬間に「痛い!」と叫んだり涙を流したりしないので、罪悪感を感じないだけの話であります。
    人間は他の動物よりも少しばかり知能が発達した為に、逆に生物界ではさまざまな矛盾を抱へた存在になつてしまつた。

    そして差別問題。屠殺に関はる人たちが受けてきた言はれなき迫害。人は自分の存在を守るために他者を差別する。男女差別や職業差別、民族差別、出自による差別や宗教差別など。差別が助長する先に戦争があります。
    かういふ事柄は、多分多くの人が知つてゐます。しかしながら差別や戦争はなくなりません。わたくしたち人間は歴史に学ぶことを忘れ、考へることを放棄し、楽な方へと流れてゆく。これは時の為政者によつて大変都合の良い状態です。

    森達也さんは警鐘を鳴らします。様々な悲劇は、わたくしどもが「思考停止」に陥つた時に起きる。
    だから、嫌な事でも目を逸らさずに現実を見なければならない。そして知ることが大事。
    知つたら、何が問題なのか考へる事。この世の色んな矛盾に気付くでせうが、それを忘れてはいけない。

    ううむ、改めて人間は罪深いものだと思ひます。しかしそれに気付く事で、避けられる争ひも災難もあります。世界を動かすのは一部のカリスマではなく、結局わたくしたち一般大衆と存じます。本書のテエマは極めて重いですが、万人に手に取つていただきたい喃と勘考する次第であります。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-819.html

  • 食べることについて、だけでなく、食べることを入り口として、世の中の見方、生き方を教えてくれる本。

    生きることと食べること、殺すことは、常に繋がっている。動物であろうと植物であろうと、生きているものを殺すことには変わりない。しかし、私たちは「食べること」には敏感でも、その前の「殺すこと」には目を向けないようにしている。

    「食べる」ことに関わらず、そういうことは世の中に溢れている。話は、日本に根付いた差別のことから歴史のこと、社会のこと、宗教のこと、文化のこと、戦争のことへと広がっていく。筆者は、子どもに向けた優しい語り口で、「知ること」の大切さを説く。
    著者の信条は私自身が日ごろ思っていることと重なる部分が多く、とても共感できた。

    見方や内容が偏っているという批判のコメントも少なからずある。けれど、著者自身が語っている通り、この本はあくまで入り口に過ぎないのであるから、内容そのものではなく、この本をきっかけにして、与えられていることを鵜呑みにせず、自分で調べて、自分で判断していくことが大切なのではないか。

    レビュー全文http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-466.html

  • 肉を食べることから、世界の問題まで考えることができた。すべては繋がっていて、きちんと知ることが大切なんだと実感できた。無知は無力。大切なことを本当に大切にできるよう、知る、理解する、よく学ぶ。これからも、いのちの上に立っていることを忘れずに生きていこうと思った。

  • キレイに加工・包装された食べものに囲まれて、なんの気なしにいただきますと言って口に運ぶ。でもやっぱり、それじゃいけないと思わせてくれました。
    いのちは巡るもの。何かをたべないと生きていけない私たちにとって、避けられない葛藤が描かれています。
    読んだ後はきっと、スーパーで売られる食べものを、いや、世界を見る目ががらりと変わるはず。

  • とてもわかりやすい文章でしたよ。

    最初は肉や食べ物の話が中心で、表紙のイラスト通りの内容かと思いきや、日本の歴史が充分に盛り込まれた1冊になっていました。

    話が二転三転して落ち着くところに落ち着く様になっています。

  • 自分たちが口にする食肉の行程や歴史が非常に分かりやすく記されていた。
    また、単なる食肉の成り立ちだけではなく、現代を構築する様々な矛盾や問題点にも言及している。

    この本を読んで大切なことを色々思い出すことができた。
    人は忘れっぽいから人に止められ、いつしか何がしたかったのかなにを伝えたかったのか、何になりたかったのか忘れてしまう。
    それでも時々、こういういい書物を読んで思い出す。

    屠畜だけではなく、自分の源を再認識することが出来た。

    子供向けのためすぐ読めるので定期的に読み返したい本。

  • いのちの食べかた、これまで読んでそうで読んでいなかった本。
    森達也さん、こういうふうに来るか、という感じ。このひとはどんなテーマにおいても、自分の実存を賭けて問いを投げてくるようなひとで、あらためてすごいひとやなと思った。
    私たち人間は、ほかのいのちを食べることによって生きている、だからそんないのちのことを知らないといけない。大切なのは、知ることだ、と何度書かれていたかわからない。
    迷い、悩み続けて生きていきたいですね。

  • 食卓にのぼるお肉。それはもちろん生きていた牛や豚や鶏だった。のは誰でもわかる。では、生きていた動物はどうやってお肉になるのだろう。食卓から見つめる構造的暴力。

    いわゆる食育的な、「いのちの授業」的な本を、森さんが書いたんだろうか?という疑問と、森さんなら食肉の問題をどういう視点で書くんだろうか?という好奇心があって手に取ったのは、実はこちらより前に出版されたよりみちパンセ版。
    半分は予想通りで、森さんは食肉加工業者の歴史をたどって現代まで生きる差別に切り込んでいて、森さんを知らない人が読んだらけっこう頭を殴られたような衝撃なんじゃなかろうかと思った。この本で語られる差別というのは、実は非常に根深くて今でも生きているんだな、と気づいたのは時折関西方面に行くようになったごく最近のことだ。それまで差別というものに関して、実感する機会もじっくり学ぶ機会もほとんどなかったといっていい。それは、こういったことがこの国ではアンタッチャブルの扱いを無言の圧力の内に受けているからだろう。でもその同調圧力の中で、この問題が無かったことになるならば次に起こるのは同じ歴史だ。だから、森さんが口を酸っぱくしてこの本に書いているように、「知ること」はこの国や人を理解しようとする上でこの上なく大切なのだろう。穢れを誰かに押し付けて、それを見なかったことにして平然と生きることに、私たちは慣れすぎている。
    ところでこの本のカバー、五十嵐大介さんだ。となると「リトル・フォレスト」といっしょにお楽しみください。

  • ひとつひとつ筆者の言葉に共感した。屠場見学をしてみたいと思った。

著者プロフィール

森 達也(もり・たつや)
1956年、広島県呉市生まれ。映画監督、作家。テレビ番組制作会社を経て独立。98年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。佐村河内守のゴーストライター問題を追った16年の映画『FAKE』、東京新聞の記者・望月衣塑子を密着取材した19年の映画『i-新聞記者ドキュメント-』が話題に。10年に刊行した『A3』で講談社ノンフィクション賞。著書に、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『ご臨終メディア』(集英社)、『死刑』(朝日出版社)、『東京スタンピード』(毎日新聞社)、『マジョガリガリ』(エフエム東京)、『神さまってなに?』(河出書房新社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』(ミツイパブリッシング)、『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)、『増補版 悪役レスラーは笑う』(岩波現代文庫)など多数。

「2023年 『あの公園のベンチには、なぜ仕切りがあるのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

森達也の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×