- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043885022
作品紹介・あらすじ
仲良しのまま破局してしまった真琴と哲、メタボな針谷にちょっかいを出す美少女の一紗、誰にも言えない思いを抱きしめる瑛子――。不器用な彼らの、愛おしいラブストーリー集。
感想・レビュー・書評
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『お菓子の詰め合わせのように、少しずつ味や食感の違う短編集にしようと思いました。』と語る島本理生さん。
一箱でいろんな種類が楽しめるお菓子の詰め合わせ。蓋を開けた時にどれにしようかとときめく瞬間は詰め合わせならではのものです。そしてよく練られた詰め合わせは、人によって好みもバラけるもの。でも、どうしても人気が集中してしまうものもあります。そういったものは、何かしらそのものが持つ個性、気を引く強い個性を持っていると思います。でも食べた後に残るのは、詰め合わせだったという印象だとも思います。そんな詰め合わせのように物語がたくさん詰まったこの作品。『電車やバスでの移動中、入浴中や眠る前など、いつでも気軽に手に取って楽しめる本になればいいな、という願いを込めた一冊』と島本さんが語るこの作品。あの「ナラタージュ」と完全に重なる時期に書かれた島本理生さんの短編集です。
7つの短編から構成されるこの作品。登場人物がふわっと重なる連作短編集という形式をとっていて、各短編ごとに視点が変化していきます。連作短編集というとAとBとCの三人が登場するストーリーを順番に視点を回していくという形式がありますが、この作品ではそこまで強い繋がりではなく、1編目に出ていた人物が2編目で店の客として現れる、そんなふわっとした繋がりで結ばれています。
ストーリーと登場人物の両面から一番印象に残ったのは〈青い夜、緑のフェンス〉でした。『子供の頃から育つという言葉が好きだった。それは太っている自分を全面的に肯定してくれる唯一の言葉であり、切り札だった』というのは主人公の針谷。『「蜂の巣」という店名とミツバチのイラストが夜の中で点滅を始めた』というお店で『カクテルを作っては、運ぶ』仕事をしている針谷。『店が閉まるのは深夜の二時過ぎで、それから片付けをすると三時近くになってしまう』という終業後、外に出ると『遅かったね』と声をかける小さな影。『無視して歩く速度をはやめた』針谷より先に『僕の原付に勝手に飛び乗った』のは一紗でした。そして、まったく動じることなく『頑固にシートにしがみついたまま離れ』ないので止むなく一紗を家まで送る針谷。『ようやく彼女のマンションの前』に着いた一紗は『ありがとう。また送ってね』、そして『この原付さ、あんたの体重で後輪が潰れてるね。パンクに気をつけなよ』と言ってマンションの中に消えます。『一紗とは中学生のときからの付き合いだが、それをありがたいと感じたことは一度もない』いう針谷。『あれはおととしの誕生日だった』と一紗との過去を振り返ります。『ケーキを奢ってくれるというめずらしく心優しい台詞につられて出かけてしまった』針谷に『小さな箱を突き出してプレゼントだと言った』彼女。『包装紙を剥がした僕は絶句した』と中から出てきたのは『ガラスの小瓶』。『だって針谷って糖尿病でしょう』という彼女がくれたものは…というストーリー展開のこの作品ですが、ブクログのレビューでもこの針谷君というキャラに好印象を持たれる方がとても多いようです。彼女に強く言われても反論できず黙ってしまうシーンの多い針谷君。全体としてユーモアを感じられる箇所も多いですが、表現としても面白いと感じたのは店内でトラブルになった彼女を針谷君が必死で守ろうとするシーンです。『僕、0.1トン以上ありますよ。失礼ですけどお客様の体重は見たところ70キロないですね。この体重の差だと、殴っても突き飛ばしても、おそらくこちらが倒れることはないでしょうね』と必死で一紗を守ろうとする針谷君。『0.1トン』という表現が登場するシーン。何故だか不思議とパワーを感じてしまうこの表現は、その後の展開の説得力にも繋がると同時に針谷君のファンを間違いなく増やしたであろうセリフだと思いました。
そして、7つの中で少し味わいが異なるのが最後の短編〈夏めく日〉でした。『台風の日だった。遅くまで学校に残っていたら教室の蛍光灯が点滅して…』と唯一高等学校が舞台となり現役女子高生・佐伯と石田教諭の二人の登場人物の会話と心の動きだけで構成されるこの短編では、二人のどこか危うい関係が少し「ナラタージュ」を彷彿とさせます。『私と手をつないで図書室の中を歩いてくれませんか』という願いが叶った佐伯。しかし『自分が希望したことなのに、言葉のない窮屈さに息が詰まりそうになった』、そして『右手が汗ばんでいるのを悟られないか、そんな不安ばかりが頭の中をよぎっていく』という自分の希望が叶ったにも関わらず動揺が隠せません。ここで島本さんは、佐伯と繋がった石田先生の手の感触をこんな風に表現します。『痩せているのに関節が太かった』というその手。その感触を『柔らかいはずなのに刃物が刺さるように感じる』という予想外の展開。『相手の指先のちょっとした動きにも心臓が反応してしまい、体中の細胞が手のひらに寄り集まって無数にうごめいているみたいだった』という佐伯の心の内は『嬉しさよりも、恐怖に近い緊張感に浸されていた』という複雑な思いに満たされます。結局『図書室を二周ほど歩いたところで、私は、もういいです、と手を離した』という展開。そして『苦しいものから解放されたような思いで軽く息をついた』という佐伯の複雑な感情。でも、大人である石田先生は『若い頃はさ、身近にいる大人が特別に見えるものだよ』といかにも先生らしい言葉を佐伯に投げかけます。それに対して『だから違いますってば』と返す佐伯。このレビュー内容だけだと石田先生の言葉から感じられる青春の甘酸っぱさを感じるシーンのような印象を受けられると思いますが、島本さんはそんな青春ものな終わらせ方はしません。後半の最後の数行で、やっぱり「ナラタージュ」の島本さんだ、と変に納得してしまう静かなどんでん返しを仕掛けます。ある意味での女性の怖さをとても印象づけられた短編でした。
さまざまな人が生きる世界、そこにはさまざまな出会いがあり、さまざまな愛の形があり、そして、さまざまな別れがありました。そして、その時間を当事者として過ごした者たちだけが知る、感じる、そして記憶する人の機微に触れる7つの物語。書名の「一千一秒」という一見長そうな時間は、単位を変えれば十六分四十一秒というように印象が大きく変化します。そう、同じものであってもそれは見方によって必ずしも同じにはならないという人の心の機微に触れる物語。『他人から見ればささいな出来事でも、その人にとっては乗り越えがたい痛みとなることは数え切れないほどあります』と島本さんが語るそんな7つの物語が詰まった作品でした。詳細をみるコメント2件をすべて表示-
りまのさんブラボー!ブラボー!2020/08/01
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さてさてさんりまのさん、ありがとうございます!りまのさん、ありがとうございます!2020/08/01
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島本理生さんの初期の頃の作品
不器用な人達の恋愛のお話
短編集かと思いきや、少しずつ接点があって、切なくもあり面白くもあり…
真琴と哲の別れるシーンはとても切なかった
昔話しかしなくなったら悲しいよね
未来に向かっていく二人でないとね
瑛子の恋も切ないね
一千一秒って、16分41秒なんだね
初めにこのタイトルを見た時はピンと来なかったけど読み終えてフムフムって思ったよ~
私の感想はいつも纏まりがないつぶやき… -
さてさてさん、ブラボー!です。島本理生作品は、とても好きなので、読んだ覚えがあるのですが、なにせ鳥頭(鳥に失礼、かも)な私の事、なんてつん読だった事かと反省しきり。もう一度読み返そうと、思いました。
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りまのさん、ありがとうございます。
島本さんの作品は初めてでしたが、独特な感情がずっと続く読書は一度ハマると抜け出せなくなりそうです。心が弱...りまのさん、ありがとうございます。
島本さんの作品は初めてでしたが、独特な感情がずっと続く読書は一度ハマると抜け出せなくなりそうです。心が弱っているとキツイですが。この短編集はそんな中でも少し肩の力を抜いて読めるのでよかったです!2020/08/01
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島本理生さんの初期の頃の作品。
その後の作品にもある、名前だけ出てきたような脇役が、続く話でメインになるオムニバス形式。
最近の作品と比べて病んだ人が少ない。
「青い夜、緑のフェンス」
針谷くんと一紗ちゃんの関係性、やり取りが心地いい。幼なじみの片思い
「夏の終わる部屋」
DV親を持つ娘 -
風光る
真琴と一緒に住んでた哲。哲との別れる直前の話。
七月の通り雨
大学の劇団でひとめぼれされた佐伯瑛子。相手にそっけない。
青い夜、緑のフェンス
プニプニの針谷と可愛い一紗。漫才みたいな掛け合い。
夏の終わる部屋
他人に執着しない長月くん。付き合った彼女との出会いから別れ。
屋根裏から海へ
真琴の元カレ加納くん。家庭教師の教え子の姉との関わり。
新しい旅の終わりに
昔付き合ってた2人で旅行。男女の関係になるのか!?
夏めく日
女子高生だった「佐伯瑛子」。転勤する前の男性教諭とのやり取り。
島本理生さんの作品にしては、ポップな感じがしたなー!!
「青い夜、緑のフェンス」がいつもと違う感じ。
でも、読みやすかった!!
連作短編で、ビミョーに話が繋がってる。
大学生の気だるい感じが私は好きだったなー。
それを文章で表現できるってスゴいね!! -
普通の、身近にありそうな恋愛の連作短編集。
波乱とか事件らしきものがない分、心の動きを読ませてくれるのがいい。人の感情の曖昧さやどうにもならなさみたいなものを再確認する。
そういう感情をいちいち説明することなく表現している静かな文章が心地よかった。 -
口の中で転がしたくなるような「一千一秒の日々」というタイトル。
一千一秒。
約16分。
電話するには短く、キスするには長い。
ずっと続くような響きなのに、その実短い。
重すぎず軽すぎず、適切な温度できゅっと凝縮された恋愛連作短編集でした。
私は連作短編小説が大好きだ、と気づいたのはここ数年の話。
本作も次は誰の視点で物語が語られるんだろうとわくわくしながら読みました。
欲を言えば、一紗の物語も読みたかった。次は彼女かな、とドキドキしながら読んでいたのに、読み終えてしまって残念。
というのも、彼女と針谷の二人が好きだから。
冷静に考えるとおかしな関係なんだけど、なんだかんだで互いを信用しきってるところが素敵ですよね。
針谷の「うるさい。プリンを見てると、この柔らかさに癒されるんだよ」という名言に、私が癒されました。
一紗が惚れるのもわかるなーと思うけど、別の誰の視点から見ると彼は体の大きなさえない男性で。相性というか、恋っていうのはおもしろいですね。
そしてこの短編集が印象的なのは、いちばん始めの章が恋の終わりを描いていること。
恋の終わりから物語は始まり、うまくいく恋もあれば、はじまることすらない恋もあって、でもどれも大切で愛おしい日々で、物語の流れが美しい1冊でもありました。
表紙もかわいくて、だいすき。 -
針谷と一紗のエピソードが大好きでここだけ何回も読み返してしまう
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太っちょ針谷くん、好きだな。
ドロドロしない島本作品も
いいね。
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たまに無性に読みたくなって、
あぁ、すみずみまで覚えていて懐かしいと思う。
加納君の正しさがわたしも好きです。