鉄条網の世界史 (角川ソフィア文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044004545

作品紹介・あらすじ

【目次】(主なもの)

第一章 西部開拓の主役
カンザス州の「鉄条網博物館」/切実な柵の不足/万能フェンスの登場/入植者が必要とした柵/ウシの大軍がやってきた/牧場主と入植者の戦い/職を失うカウボーイ

第二章 土壌破壊と黄塵
加速する西部開拓/鉄条網が変えた生態系/開拓進む大平原/土壌破壊の米国史/大型農業機械の導入/大砂塵の襲来/放牧規制がはじまる

第三章 塹壕戦の主役
戦場に出現した鉄条網/日本軍が手を焼いた鉄条網/塹壕戦のはじまり/西部戦線異常なし/戦場のクリスマス/日本への導入/鉄条網と現代戦

第四章 「人種の罪」と憎悪のフェンス
強制収容所の歴史/南アフリカの植民地化/ダイヤ・ラッシュ/各収容所の劣悪な環境/スペイン内戦の悲劇/アウシュヴィッツの殺人工場/元収容者が苦しむ後遺症/人間の資源化/旧ソ連の強制収容所/逆境でも花を愛でた日系

第五章 民族対立が生んだ強制収容所
南アのアパルトヘイト政策/活動家の迫害/集団墓地になった五輪会場/「民族浄化」と集団強姦/サラエボの花/世界を「欺いた」映像/戦争と情報戦/最後の逃亡戦犯を拘束

第六章 国境を分断する鉄条網
ベルリンの分断/ヨルダン川西岸の壁/壁を超えた臓器提供/米メキシコ国境/界最大の麻薬密輸ルート/中国・北朝鮮の壁/新たな万里の長城/タイ・マレーシア国境

第七章 追いつめられる先住民
大平原を分断した鉄条網/チェロキー族の悲劇/ラストサムライ/遅きに失した先住民保護/グアラニー族の悲劇/死に急ぐ若者たち/ケニア独立運動時の裁判開始/ウサギ防除フェンス

第八章 よみがえった自然
鉄条網は自然を呼び戻す/朝鮮半島の軍事境界線/チェルノブイリ原発三〇キロ圏/再導入された希少動物/科学者の反目

感想・レビュー・書評

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  • ○○の歴史、文化史、世界史といった本はたくさんあるけれど『鉄条網の世界史』というタイトルには、かなり虚をつかれました。いや、まあ何かしら歴史はあるだろうけど、そんな一冊の本になるほどなのか、と。

    鉄条網は元々は、家畜に花壇を荒らされるという妻の悩みに応えた夫が発明したそう。
    それが広まったのはアメリカでの西部開拓時代。時の政府の意向や法律の改正もあり、多くの入植者が西部に訪れ、農地を開拓していった時代。

    広い放牧地を囲い込むため、鉄条網のニーズが西部で増す一方、元々西部で生活をしていた、牧場主やカーボーイと、入植者たちとの対立は激化し……

    広い土地で自由に放牧をしていた元の住人と、鉄条網で土地を囲い込み、その中で家畜を育てる入植者。その対立の象徴としての鉄条網。やがて古くからあった放牧やカーボーイといった文化は姿を消し……

    そして土地の農地利用は加速し、それはやがて土地を涸らし、乾燥した大地はやがて大きな砂塵を巻き起こしたり、生態系も鉄条網の内と外で変わってしまう事態に。

    本の中に鉄条網が張られた柵の内側と外側を対比した写真があるのだけど、これはインパクトが強い。

    内側は家畜が草を食べるため、ところどころが裸地になっているのに対し、外側は背の高い草が生えている。草食動物やバッタなどは、実は意外と内側の方が多いそう。
    なぜなら、外側は生態系が豊富な分天敵も多くて、一定以上増えられないからだそう。そして、こうした生物たちも草を食べるから、さらに土地は痩せていく。

    そして鉄条網は、家畜から人に対して使われるように。戦場では鉄条網をしきそこで足止めをくらった敵に対し、容赦なく機関銃を掃射する戦術が取られます。

    日露戦争で旅順攻略の際の死者が凄まじいかったのも、この戦術に日本軍が手を焼いたから。『坂の上の雲』でも、旅順攻略の話は出てきますが、細かいところは忘れていました。なんとなく「旅順やべえ、乃木やべえ」という印象だけは残っていたのだけど、ああそういうことだったのか、と妙に納得。

    鉄条網や機関銃の登場により白兵戦から、塹壕戦に変わっていった戦闘。塹壕での膠着状態が続く一方で、兵器は発達し死傷者は増加。鉄条網対策のため戦車が開発され、それがまた兵士たちに絶望を植え付ける。そして鉄条網は、現代の戦争でも使われ続けています。

    そして戦場での鉄条網が紹介された後に、出てくる話は強制収容所。
    強制収容所となるとナチスとシベリア、あとは太平洋戦争時の日系人くらいしか、あまり強い印象がなかったのですが、本を読んでると次々出てくる、出てくる……。

    戦争、人種、民族対立から生まれた強制収容所。もちろんそこを囲むのは鉄条網。家畜を外に出さないための鉄条網が、いつの間にか人間に向けて使われるというどうしようもない現実。

    こうして読んでいると、鉄条網は対立の象徴という気もします。その後紹介される事例は、東西ドイツにパレスチナとイスラエル。そして今なおアメリカに残る先住民差別。

    最後の第8章が「よみがえった自然」とあるので、最後に明るい話かと思いきや、これもシニカルというか、皮肉しか思えない……。

    韓国と北朝鮮の軍事境界線であったり、チェルノブイリ、そして福島原発事故の避難区域は人がいなくなり、希少動物が戻ってきたり、自然が再生したりしているそう(最も放射線の影響については、なんともいえない状況ですが)
    こうやって考えると、人間って人間同士でも対立し、自然とも共存できていないのだなあ、と考え込んでしまいます。

    鉄条網が使われない世界が、たぶん理想の世界なのだろうな、という気がします。でも、今の人類にはまだまだ遠そうな未来だと、考えてしまいました。

  • 鉄条網の歴史を通してみる世界史の本。

    前情報もなくタイトルに対する興味だけで買って読みましたが、想像以上に深い。
    胸の悪くなるような描写もありましたが、知らないといけないことだった。読んでよかったです。
    最初は農産物や家畜の為に使われていた鉄条網が、やがて戦争の道具となり、人種や民族で人を隔離するために使われるようになることに、人の悪意というのがいかに強いかが見えるような気がします。

    鉄条網の中と外で、生態系や植生まで大きく変わってしまうというのは初めて知りました。いかに人の手が入ることが事前や動物にとって影響を及ぼすかを思い知ると辛いです。

  • 今から8年程前に単行本が出版された時に本屋さんで見かけた記憶はあったのですが、それ以来あることを忘れていました。当時は日本史に興味があったのでそれほど惹かれなかったのかもしれません。

    今ではあらゆる歴史に興味を持つ様になったので、変わったタイトルで「鉄条網」の切り口から世界史を解説してある本なのだろうと思い、また文庫化されていたのでネットで取り寄せて読んでみました。

    鉄条網は本来は、自分の農地に野生動物が無断に入って作物を食べない様にという目的で開発されたものですが、時代を経るに連れてさまざまな使われ方がされました。この本を読んで、鉄条網に対する意識が変わったこともありますが、開発者の思いとは異なった目的で使用されることもあることを痛感しました。

    鉄条網を作った人が悪いというのではなく、その製品をどのように使うかは、使う側のセンス・良識が如実に表れるものなのだなと感じました。

    以下は気になったポイントです。

    ・鉄条網の当初の最大の目的は、農牧場を囲うためで、畑への家畜や野生動物の侵入を防ぐ、家畜を逃がさない様に飼う、所有地の境界を明確にする、外敵からの家族財産を守る、という開拓時代の米国西部では願ってもない機能を兼ね備えていた。六連発銃、電報、風車、機関車、鉄製すき、とともに西部開拓の強力な脇役になり爆発的に普及していった。このためにカウボーイが放牧の牛を追っていく姿は、あっという間に米国西部から消え、鉄条網で囲まれた農牧場がとって替わった。同時に平原でバイソンを狩って暮らしていた先住民(インディアン)も締め出されて居留地の鉄条網中での生活を強いられることになった(p5)

    ・米国への移民の第一波は、1840年代のポテト飢饉を逃れてきたアイルランドからの移住者100万人、第二波は1880年代前後からの東欧や中欧からの移住者、ユダヤ人も含まれる、第三波は二十世紀初頭で、給料前払いの契約移民。建国当時390万人だった人口は、1800年に530万人、1880年には5000万人、1920年には1億570万人となった(p26)

    ・ホームステッド法:5年間定住した入植者、解放奴隷に対して1世帯当たり160エーカー(65ヘクタール)の公有地を無償で与える、によって西部開発は加速し、カンザス州、ネブラスカ州は1880年台には、とうもろこしと小麦の一大産地となった、最終的には640エーカーまで広げられた(p31)

    ・大牧場主は牛の王国を築き上げ、自分らの掟で西部を支配した、この掟の根幹をなすのは、草地と水場の自由な利用であり、家畜の移動の自由である。大牧場主やカウボーイは、鉄条網で農地や水場を守る開拓農家を「掟破り」として目の敵にした、農民はこの3つの自由を阻んだ(p33)カウボーイが主役の西部劇の舞台の多くは、南北戦争から20世紀初頭までのわずか半世紀足らずのこと(p37)

    ・地中に産みつけられた膨大なバッタの卵は、数年間生き続けられるが、その多くがカビの餌食になる。ところが乾燥に弱いカビが干魃で死滅すると、生き残る卵が増える(p62)

    ・日露戦争は、機関銃・鉄条網・塹壕・地雷などが登場し、第一次世界大戦という近代戦のさきがけともなった(p76)

    ・第一次世界大戦においては、塹壕を掘ってその前面を鉄条網や地雷で守るという戦術が広がっていった、コンクリート製の防壁と違って、銃眼が不必要で鉄条網のどこからでも重心を出すことができて攻撃が機動的になった、こうして、塹壕・鉄条網・機関銃の防衛戦術の三点セットが確立した(p87)

    ・1916年には第一号戦車が完成した、農業用トラクターに分厚い鉄板を張っただけの簡単なものであった、新兵器の名前は秘密にするために「タンク(水運搬車)」と名付けられ、それ以来戦車はタンクと呼ばれる様になった(p96)

    ・約170万人の死者、426万人の負傷者を出したフランスでは、男性労働者の3分の1を失い、戦後復興に50万人の外国人労働者を招かねばならなかった(p100)

    ・ノモンハン事件は1991年のソ連崩壊後に公開された公文書によって、それまでは日本軍の一方的敗北と考えられていたが、ソ連軍の死傷者は2万5655人で、日本軍の1万7405人を上回っていた、痛み分けに近かったが、日本軍の損耗率は76%に達した(p104)

    ・1881年、1899年の二回の南アフリカ戦争により英国は45万人の兵力を注ぎ込んで辛勝したが、4万人以上の死傷者、戦病死者に加えて巨額の戦費の借金を抱え、アジアでの軍事力が手薄になったため、日本と同盟を結ぶことになった(p113)

    ・日本でも1948−1996年まで優生保護法が存続しており、わかっているだけでも1万六千人を超える国民が強制的に不妊手術を受けさせられた(p123)

    ・ソ連の最大時の収容者は全労働者の1割以上を占めたとも言われ、強制労働は旧ソ連経済の少なくとも25%を支えていたと言われるほど重要な役割を示した(p140)

    ・南アフリカは1991年2月の国会開会演説で全アパルトヘイト法の廃止が宣言され、2年後には経済制裁も解除された、1994年4月に行われた総選挙では同国史上初めて全人種が参加する選挙となった、その結果マンデラが史上初の黒人大統領に選ばれた(p160)

    ・19世紀の後半になるまで大英帝国のコーヒーの主産地はセイロンだったが、アジア一帯でコーヒーのサビ病が流行し、1868年にセイロンでも流行し10年で全滅した。その後は紅茶生産に切り替えられ、コーヒー生産はブラジルに移った(p245)

    ・韓国が日本に併合された1910年には朝鮮半島の71%が森林だった、軍事境界線は、豊かな森林の中に農地が点在する景色だった(p265)

    ・チェルノブイリでは、オオカミや猪は住み着いたが、人間に依存していた依存していたイエネズミ、雀、どバトなどはほとんど見られなくなった(p275)

    2022年3月20日作成

  • このようなテーマ限定型の通史は、海外の出版物ではよく見るが、日本では珍しいように思う。その意味ではついに和製が出てきたかという意味でありがたいし、切り口も良いと思う。読んでいて面白かった。

    ただ、あんまり日本と関係ないね、というところはある。日本と関係付ける必要がそもそもないのだけどさ。

    十分面白い本だったのだけど、横断切り口型通史としてみてみると、途中から収容所の歴史になってしまったところはある。それが悪いってわけではないのだが、なんとなく意外性がない。
    こういう本がこれからもっと増えればいいのにな。

  • 鉄条網なんてものは、これまで考えたこともなかったが、鉄条網を通して、農地拡大と自然の変化、戦闘の変化や強制収容所など、様々な歴史上の出来事をこれまでとは違った視点から捉えることができた。また著者は世界各国で様々な仕事をしてきたようで、その体験も組み込まれており、読み物としても面白い。

  • 妻の花壇が家畜に荒らされるのを防ぐために、ひとりの農民の善意で開発された「トゲ付き鉄線」。鉄線にトゲとなる短い鉄線を巻きつけただけの、この単純なローテク製品が、その後150年の人類の歴史に絡みつく――。

    “世界でこれまでに、どれだけの人が鉄条網の囲いに押し込められ、自由を剥奪され、人間性を奪われ、死を待つ恐怖の日々を送っただろうか。”

    西部開拓時代の、農牧場主とカウボーイたちの争い、先住民と入植者たちの分断と悲劇。大戦のなかでの過酷な塹壕戦。アウシュヴィッツの悲劇、収容所に隔離された日系人、そして故国へと帰ることを阻まれた敗戦後の日本兵。
    家畜を囲うために発明された道具が、やがて効率よく人間を囲い込むものへと変化していく。それは必然だったのだろうか?

    近現代史を鉄条網越しに透かし見れば、そこには惨憺たる人類の負の歴史が横たわる。しかし鉄条網のない世界は、今よりもっと豊かになっただろうか?
    チェルノブイリ、38度線、そして東京電力福島第一原子力発電所。鉄条網に囲われて、人も家畜も立ち入ることのなくなったそれらの場所に自然がよみがえることの意味を考える。

    鉄条網(有刺鉄線)が環境や戦争、そして多くの民族や個人の運命を大きく変えてきたその全容を、膨大な資料をもとにまとめた一冊。 

    KADOKAWAさんの文芸情報サイト『カドブン(https://kadobun.jp/)』にて、書評を書かせていただきました。
    https://kadobun.jp/reviews/581/cc764ebb

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著者プロフィール

1940年東京都生まれ。東京大学卒業後、朝日新聞入社。ニューヨーク特派員、編集委員などを経て退社。国連環境計画上級顧問。96年より東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使、北海道大学大学院教授、東京農業大学教授を歴任。この間、国際協力事業団参与、東中欧環境センター理事などを兼務。国連ボーマ賞、国連グローバル500賞、毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。主な著書に『感染症の世界史』『鉄条網の世界史』(角川ソフィア文庫)、『環境再興史』(角川新書)、『地球環境報告』(岩波新書)など多数。

「2022年 『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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