海外に来てから、日本語の本が入手しにくくなったので、めっきり本を読まなくなった。こうなるとたまに本を手にれても読む速度も落ちるし、読むきっかけが作れない。この本も昔ならさくっと読めたのだが、今はけっこう大変だった。

しかしそんな私の事情はともかく、本としては読みやすいしいい本だった。ぐっとくる本だ。西園寺実兼の言動が現代人すぎる気がするが、それはこれぐらいでいいのだと思う。

若い頃の話(もとのとはずがたりでいう愛欲編)は、「こんなことしているから武家に放逐されるんだ」「働けよ」と思うが、後半、年を取ってきてからの話のほうがいいな。後深草院の臨終の「お上、二条です」のところや、彼の野辺送りに二条が着いてこられないシーンは、涙が滲んだ。泣いたというのとは違うか。西園寺実兼の述懐と合わせて、ため息をつく感じ。

さすがは杉本苑子でうまいこと書くなと思っていたら、野辺送りのシーンは原本にあると聞いて驚いた。原文を読む自身は・・・ない。でも現代語訳を公開している人がいた。すごいな。いつか読んでみたいものだ。

2017年9月17日

読書状況 読み終わった [2017年9月17日]
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下巻まで読み終わったけど、上巻でまとめておく。
このサイズでこういった種類の本をKindleで読んだのははじめて。けっこういけるものだな。端末をまたいで栞を共有できるのが良い。

おもしろかった。前線、司令部、政府と視点をダイナミックに移動しながら渦を書くように進んでいく手法は、最初はなにがなんだかわからないけど、読んでいるうちにはまってくる。

十分すぎるぐらい良くできているのだけど、あえて難を言うのなら、日本政府や韓国政府の立場や視点をもっと入れてほしいと思う。特に韓国兵は、いつも真っ先に逃げているけど、兵隊や将校や司令官や政府高官がどう思っていたのかとかも入れてほしいと思う。
批判している割には、グークがモブ扱いである。酷なことを言っているけど。

大昔、輝ける嘘を読んで途中で挫折した。今なら読めそうに思う。Kindleで買ってみよう。

2017年7月24日

読書状況 読み終わった [2017年7月24日]

青空文庫で読んだのだが、booklogではKindleということで登録しておく。
また、第4分冊の途中、比叡山か姉川あたりまで読んだが、そこでギブアップした。この第一分冊にまとめて感想を書いておく。

吉川英治だし、オーソドックスな太閤記なのだろうと思っていた。横山光輝の原作にもなっているし、つまりは三國志のその位置づけだと。

しかし、これは率直に言うと「奇書」だな。
よく言えば「きれいな秀吉」というところ。いやほんと、こんなきれいな秀吉はみたことがない。

そのきれいな秀吉は、率直に言って魅力がない。
秀吉は率直努力の人で、その上司の信長は勤王の志篤い新時代の建設者。まあ、そうしたらそうなるわな。
それだけなら、それはそれで書き方の一つだと思うのだが、その結果、今川義元や斎藤道三や浅井長政や朝倉義景がただのやられ役になっている。負けるべくして負けた前時代の遺物ぐらにしかならない。これはちょっとうんざりする。

この調子で書いていって、晩年の秀吉はどうするんだ?
まあ、この本が途中で終わっているのは知っていた。横山光輝の漫画版のほうでそれを知っていて、小巻・長久手で終わっているのだという。まあ、きれいな秀吉路線ではこのあたりまでが限界だとはいえるのだが、実際に読んでみて、そうじゃないよ、って分かった。

吉川英治は、秀吉を「理想的日本人像」として書くつもりだったのだという。まあたしかに「日本史上最大の英雄」ではある。だから、日本人のあるべきリファレンスとして書くのだという。

そうならそうで秀吉じゃなくてもいいじゃん、と思うが、そうしてしまったものは仕方ない。
その結果、冒頭に景徳鎮の日中混血児の話が出てきて、彼の作った景徳鎮の光景を書いた茶碗のかけらを見て幼き日の秀吉が異国を夢想する・・・という伏線がはられる。
あの・・・吉川先生、秀吉のあれを夢とか雄飛とかそういう路線で行くつもりだったわけ?
そして途中途中で、明や朝鮮とは違う万世一系の天皇と常に尊王の志篤き日本人とやらが出てくる。

ああ、うん、あるべき日本人なわけね。
そしたら、この連載、昭和20年8月23日で終わっている。あ・・・お察し・・・

「典型的日本人とはどういうことか」について、メタな表現をしてくれました。ある意味ですごいかも。

しかし、小牧・長久手で終わったのは、タイムオーバーしたときに、たまたまそこまでだったからなのだろうけど、この書き方で進めたときの文禄・慶長の役を読んでみたい気はする。それはさぞかしすごい奇書になっただろう。

でもさあ、あえて率直に言うとベストセラー作家が新聞連載した「国民のリファレンス」がこの程度の小説なんだから、戦前の国民のレベルの低さが逆に明らかだよな。こんなの土人の読むものだよ。
山田風太郎の「妖説太閤記」と比べたら、その差は歴然としている。これが戦前と戦後の差なのだったら、日本文化のためにも日本は戦争に負けてよかったと思う。

2017年2月26日

読書状況 読み終わった [2017年2月26日]
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殺人そのものよりも、サディスティックな暴力の描写に息が詰まる思いがした。
なぜなら、こういう人はいるからだ。たくさん知っているというわけではないが、数人は知っている。
確かにあの人、保険金殺人ぐらいはしそうだ。貧困ビジネスぐらいはもうしてそうな気がする。恐ろしい。

2017年1月28日

読書状況 読み終わった [2017年1月28日]

第一次インドシナ戦争のころの話だけど、雰囲気とか舞台設定とか目線とかが、そのまま第二次インドシナ戦争(ベトナム戦争)と変わらないのが不思議。
フランス軍の戦い方が、その10年後のアメリカ軍と変わらなくて、いやそこは10年前の日本軍と似ていてくれよ裏切者、とよく分からない気持ちになる。

そういう与太話はともかくとして、この本は実に面白い。ミステリとして読んでも抜群に面白いし、文学としてとらえても面白い。いや、そんな直木賞か芥川賞かみたいな分類そのものに意味がないのだろうけど(だいたい、文学ってなんだよ)、ともあれ面白い。

2017年1月25日

読書状況 読み終わった [2017年1月25日]

初めてKindleで読んだ本。
私は紙の本のほうがいいな。
海外にいるのだから文句は言えないのだけど。
いい本だっただけに、紙で読んだらもっとよかったなと思った。

あ、「仁義なきキリスト教史」が初Kindleだった。
まあいいや。

2016年12月25日

読書状況 読み終わった [2016年12月25日]

歴史小説としては、普通の出来かな・・・
いや、中の下ぐらい。
そうなんだけど、読み終わって解説を読んでからはじめて、この作者のこの「闇の〜」シリーズが、首謀者が最後まで謎なミステリー仕立てになっているものだということに気がついた。前作は「闇の本能寺」 なるほど・・・
最初からそうだと分かって、「これは誰なんだろう」というようにして読んだら、もっとおもしろかったと思う。
やや作者にもうしわけなし。

2016年10月30日

読書状況 読み終わった [2016年10月30日]
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うーん、どうなんだろう。こんなに論評の難しい本は久々に読んだ。

このタイトルなんだから源平だとか、そこからの猟奇譚みたいなのを期待して読むのだが、ずっと昭和中盤の、なんともじめっとした恋愛を読まされる。
そうなのだけど、その重苦しい恋愛話が、だんだん面白くなってきて、でも爽快という意味の重さかというとそうでもなくて、佐木隆三かなんかを読んでいるときと同じような感じがする。

これはこれでありかと思って読んでいると、なんか取ってつけたようなSFになるのだけど、これはどうなのだろうか。
いやでも、いかにもSFだから良いとか悪いとかいうものでもないし(SFの定義論なんて御免こうむる)、なんかよく分からないし、よくわからないものを読んだ感じ。

2016年10月25日

読書状況 読み終わった [2016年10月25日]
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知っているようで知らないので、ありがたい。

2016年10月20日

読書状況 読み終わった [2016年10月20日]
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失敗の本質はおもしろかったけど、こっちは二匹目のドジョウを狙いに行って失敗。

2016年10月15日

読書状況 読み終わった [2016年10月15日]

しょうもなかったな。

専門家なのだから、軍事的に筋の取った戦術面での分析を期待していたけど、戦略レベルというか、歴史の大枠レベルの説明が多く、かつそれが通説に依拠していた。

2016年10月10日

読書状況 読み終わった [2016年10月10日]

文明の生態史観とか、そういう方面と同じものがあって、そういうのを少し読んだことがあるので懐かしく、かつ面白い。
学生の頃、こういうのを勉強したいって思ってたんだよな。

でもそこからいろいろ違う方向に言って、今になってみると、また違った近代の相克の姿が見えてくる感じもする。

2016年10月5日

読書状況 読み終わった [2016年10月5日]
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2度めに読んだ。文句なしの名著だと思う。
1991年なのか。これがまあ、戦後の終了だったのだろうね、たぶん。

どことなく絶頂期の日本の上から目線を感じるのは僻目か。
今読むとまたいちいち面白いものだ。
と、これまたメタに上から目線で書いたけど、昔読んだのは学生の頃だったので、いやぁひでえもんだ、ぐらいに思っていたのだろうけど、今読むといちいち我が身の経験に突き刺さる。俺、これやったわ・・・ って。
歴史というのは怖くてありがたいものです。

あとちょうど先日、twitterで、中国の本屋の軍事の棚には日本分析のものが多くて、戸部良一氏の本が平積みになっていたそうな。

2016年10月1日

読書状況 読み終わった [2016年10月1日]
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このころの船戸与一はおもしろいね・・・としか。
船戸与一じしんは傑出した書き手だと思うので、初読者があたりを掴んでくれることを強く望む、って感じ。

2016年9月20日

読書状況 読み終わった [2016年9月20日]
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いくつかの出版社から何度も発行されているらしい。
どの出版社のものかは忘れたが、表紙が目の絵がたくさん書いてあるものだった。

南ベトナム サイゴンを舞台にしたスパイ小説。
ベトナム戦争を舞台にしていると思っていたが、読んでいるとそのちょっと前。1961年とある。
1961年を「ベトナム戦争」というかどうかはともかくとして、「ベトナム戦争」で想起するよりも、もうちょっと前の、フランス語が共通語だったり、フランス帝国主義者がでてきたりするのが魅力。米兵がでてこない。

登場する日本人もたった16年前の戦争を背負っていて、なんとも日本離れした感じのするスパイ小説。
面白かった。

これの解説が尾崎秀樹というのがなんともすごいというか適切というか。

2016年9月15日

読書状況 読み終わった [2016年9月15日]
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読了日は適当。9月の初頭ぐらいだった。
おもしろいんだけど読むのに手間がかかる。
続きは、これが入っている図書館か古本になるので、いつになることやら。

2016年9月10日

読書状況 読み終わった [2016年9月10日]

今ちょうどやる夫大海人皇子を読んでいるのでそのキャラに脳内置換されてしまうので、いまいちこの本とはまらないでいる。特に魔王さららたんに対して冷たいじゃないかと理不尽なことを思ってしまっている。
キャラはともかく、この小説の中の説明的なセリフと現代的な思考が目についてしまうところはある。これは決してこの小説が稚拙なわけではないし、むしろ逆なのだが、小説とやる夫の表現形式の違いだ。表現そのものの改革者としてのやる夫はもっと注目されるべきだと思うなあ。やる夫そのものは下火だけど、最近のやつのレベルはすごいよ。

2016年7月13日

読書状況 読み終わった [2016年7月13日]
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なるほどと思う半面、誰にでも当てはまる話なので、血液型占いのような気分にはなる。
自分についても、他人についても、「あ、あるある」となりやすくて、恣意的な判断になりすぎるように思う。石じゃないのだから、そもそも判断をすることもないのだし、いいんだろうけど。

2016年7月12日

読書状況 読み終わった [2016年7月12日]
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面白かったけど出落ち感はある。異端論争とか中世とかイスラムとの関係とか、そういうあまりなじみのないあたりをやってほしかったな。
Kindleで読んだ。Kindleで本を読むのは初めて。電子書籍そのものが初めてかもしれないけど、全体のどこら辺を呼んでいるかというのがわからなかったので、読んでいてつらかった。面白く読んだ割に評価が辛いのは、電子書籍であるからでもあると思う。

2016年7月5日

読書状況 読み終わった [2016年7月5日]
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ベタな題名の本だし、考えてみれば5年も前の本なのかと思うけど、普通に面白かった。

各企業のケーススタディは役に立った。中身があると思う。
それに対して、最後の方の日本企業の姿勢とかはどうかとは思う。コンプライアンスを無視するのをアグレッシブさとはいわないと思う。

まあでも、お客様に売る以上、お客様のことをちゃんと理解するのは大切だ。

2016年6月23日

読書状況 読み終わった [2016年6月23日]
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10年か15年ぐらいまえに読んだことがあった。特に印象はなかった。他の船戸与一本と区別がつかない。川下りしてて射殺されてたな・・ってぐらいしか覚えていない。

あれから幾歳月、ベトナムに住むようになり、今丁度この本の舞台の中部高原地帯を徒歩旅行している。なので、なじみの土地を舞台にして繰り広げられる船戸与一ワールドはどんなものだろうと思った。
先日旅行した時、本当に蝶で、そういやあの本はそんなタイトルだったな、と。

読後感だけど、うーん、残念・・・
日本を舞台にした「007は二度死ぬ」を見た時みたいな気分だった。
それは在住者からしたらそんなものなのかもしれない。意地悪というものなのかもしれない。
しかし、この物語はプロットが破綻してないか?

この物語には、「知念マリーの理不尽な誘拐」と「車椅子の岸谷浩司の川下りへの招待」という2つのミステリがある。それはなぜなのか!? というのがこの本の縦軸なのに、途中ですっかり忘れられている。
戦略的にも心情的にも全然合理性がないじゃん。

舞台設定もおかしい。いくら枯れ葉剤が撒かれていたからって、いくら僻地だからってさ、国境近くに200人からの武装組織が20年も割拠して、ばれないわけないじゃん。
熱帯の川の奥に頭のおかしな外国人の独立王国があるって、よく似た話を知っているのだが、この物語ではベトナム政府と公安局(「国家」)はすごく有能なんだから、すぐ見つけるんじゃないかな。

それにさ、船戸与一に今更だけど、「密殺」の手口が雑過ぎ。密殺するのはいいんだけどさ、それじゃまずいだろう。

結局のところ、「国家と反逆」という船戸与一ワールドをむりくり舞台に押し込んだら、接合面であちこち不整合を起こしたので、それをセックスと密殺でヤスリ掛けたってだけなんじゃないか。

そう白けて思ったのも、舞台を私が知っているからである。「フーニョン区のアパートメントでセックスしたあと8月革命通りをタクシーでニューワールドホテルに向かう」とか言われたら、なんかすごそうに見えてしまうのだけど、セックスはともかくとして、「あそこからあそこにタクシーね。はいはい。40分ぐらいかな。」と思い浮かべながら読んでしまうと、凄さが抜け落ちるところはある。
だから、「その殺し方は雑すぎ」とか「その計画は当初の設定と違うだろ」みたいなところに目が行ってしまう。

これは読み方が悪いのであって、小説を小説として楽しめていないのだと思う。時代劇で時代考証をするようなものだ。
それは分かっている。
だけど、結局、ベトナム人もモンタニャールもモブじゃん。舞台の背景の書割じゃん。
破綻したプロットを継ぎ接ぎするために、ただよくわからないグークを演じているだけじゃん。
それって、文中で岸谷浩司が繰り返し反省する「ベトナム戦争の時の報道姿勢」と同じだと思うよ。


書いてみて、自分でもあまりに辛口なので、補足。
二度目なのに600ページを一気読みしたのだから、やはり読み物としては面白いと思います。

2016年6月13日

読書状況 読み終わった [2016年6月13日]
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これが史実に根ざしていなかったとしたら、まったく読む気にならないだろな。いくらフィクションだからって、こんな馬鹿な話を読んでられるか、って。

2016年6月12日

読書状況 読み終わった [2016年6月12日]
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昔読んだのだけど、また読みなおす。
息の詰まるような文体である。吉村昭の小説が読めることは幸せなことだと思う。

2016年5月26日

読書状況 読み終わった [2016年5月26日]
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まず何より著者の真摯さと「人としての心」に頭が下がる。一読者として感謝したい。

しかしこれが、マッカーサーの陰謀だったのかというと、そこは資料に基づく詰めが甘いようには思う。情況証拠である。それは仕方がないというようには思うが。

今、ベトナムに住んでいる。ホーチミン市。旧サイゴンだ。
こっちは北が勝ったバージョンである。
肉の入ったスープを当たり前のように食べながら、なぜあっちはああで、こっちはこうなのか、と思う。
本当に、なぜなんだろう。

中国および米国とその関係というモデルにすると、朝鮮半島とベトナムは相似形である。李承晩とゴ・ディン・ジエムだって似たようなものだ。
だとすれば、
・金日成とホーチミンの違い?
・自然環境的な意味での基本的な豊かさの違い?
・隣に「日本」があったかなかったか?
どれも全く的外れではないのだろう。しかしさすがに決定的な要因だとは思えない。

結局、違うものは違うのだろう。歴史は繰り返さないし、人間はモデルに還元できない。「似ている」というのは空論にすぎない。そういうことなのだと思う。
そう思う以外にない、と思う。
だから、救いがない。
この本の前に、「我々はなぜ戦争をしたのか」というベトナム戦争の感想戦の本を読んだ。というかそれを読んだから次にこれを読んだ。ベトナムの教訓を活かすべきなのならば、まずもって朝鮮半島だからだ。
しかしこれは、空論である。そういうことになる。
だから救いがない。

そう思うからこそ、著者の人間としての立ち位置に人としての感謝の念が湧くのだ。センチメンタルなことを言っているとは思うが、やはり、監獄国家に生きる人々への同情や、前からも後ろからも打たれる状況で洛東江で死んだ兵士に対する同情がないことには、歴史というのはどうしようもない気がする。

2016年4月27日

読書状況 読み終わった [2016年4月27日]
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戦争が終わった後の、指導者の感想戦。フィクションではともかく実際にはめったにないものが、あのベトナム戦争である。うちふるえるほど素晴らしい。

全く無いわけではないだろう。秀吉と家康は小牧・長久手の戦いの感想戦をやっただろうし、榎本武揚と薩長高官だって話はしただろうし、第二次世界大戦だってあったと思う。
しかしこれが、きちんと読める形であるのはすごい。

中身も実に面白い。一気読みした。
一気読みするのがもったいないのでゆっくり読もうと思ったがそれでも一気読みしてしまった。
戦争目的に関する双方の無理解、相手の意図の読み違い、交渉の設定の難しさなど、教訓だらけである。
また、90年台だからこそベトナムと米国がこういう形で対話できただろう。80年台でも今世紀に入ってからでも無理だと思う。
また、双方ともに真摯に対話しているのだがそれでもなお、外交と歴史の駆け引きがあるのも、それもまた興味深いと思う。

この対話およびこの本を低く見るつもりは全く無いが、それでもなお読み終わって疑問に思ったところを書いておこうと思う。
それは、「何が話されなかったか」ということだ。

マクナマラということもあるだろうし、冷戦終了後とか、ベトナムのドイモイ以後の政策というのもあるのだが、それにしても、イデオロギー的に脱色された国際政治論になりすぎているように思う。
もちろん、それをここで議論しても仕方がなかったと思う。しかしそれは、あらかじめ取り除かれたのだろうか。それとも、米越ともに重要だと思わなかったのだろうか。

これを思うのは、その論争が聞きたかったからではなくて、「この戦争の教訓を未来に活かす」と考えた時に、それを抜きで考えれるのだろうか、と疑問だからだ。
イデオロギーというのは、なにも共産主義vs自由主義だけではない。
たとえば、南北ベトナムといとこの関係にあるといえる朝鮮半島で、もしこの教訓が活かせるのならば、イデオロギー、そして双方の体制に対する思想的な嫌悪感や恐怖心を抜きにして語れるのかと思うからだ。

これは、もっと言うと「恐怖」に関する話である。
この対話は、お互いが当時抱いていたであろう「恐怖」に対する言及が少ないと思う。北爆に対するマクナマラと、北ベトナム高官の感覚の違いは、この「恐怖」だと思う。
また、この対話では触れられていないが、北ベトナムが南ベトナムで散々行ったテロルに対して、北ベトナムの当事者たちはどう思っているのか、それも聴いてみたかった。

なぜなら、それが今世紀に関しての核心だと思うからだ。
結局のところ、北爆・・・交渉テーブルにのせるために相手を空襲することは、効果的なのだろうか。そうではないのだろうか。テロはどうなのだろうか。
それは知ってみたくはある。また知るべきではないのか。
「思っていたほどの効果はなかった。交渉にテロルを活用することは逆効果であった」という言葉が効いてみたいものだけれども、それは事実と願望をごっちゃにしている。「効果的だった」ならば、それはそれとして史実として記録するべきだと思う。

おそらく、こんな「感想戦」は、歴史上空前だ。そして、残念ながら、絶後だろう。
だから、それを知りたかった。

2016年4月25日

読書状況 読み終わった [2016年4月25日]
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