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みんなの感想・レビュー・書評
3分の1くらいは読んだけど、ごめんなさい。
何が言いたいのか、何を書きたいのかよく分からなかった。
今の僕には縁がなさそうな本だった。
ああ、そういうことだったのね、と腑に落ちる点も。
時代のある部分を切り取っていることは確か。でも日本全国津々浦々の全てがこうだったわけではない、のも確か。
あまり必然性がわからなかった。
著者とは約15歳違い、九州の保守的な田舎で育った私の学校生活は、革新系イデオロギーに導かれた「滝山コミューン」とはまったく方向性を異にしながら、不気味なほどに似ている全体主義的な雰囲気に包まれていた。日の丸君が代のおしつけに反対して民主的な学校をめざした運動が、克服しようとした権威主義体制を再生産してしまったという事実に震撼する。
しかし、なぜ戦後の革新政治がこのような挫折を経験するに至ったのかという問いは、期待していたほどには深く分析されておらず、保守・革新を問わず日本の政治風土に根深い権威主義や集団主義を知らない読者に対しては、「これだから共産主義は怖い」という偏見を再強化するだけにとどまってしまうのではないかという懸念も感じた。
まず、装丁がすばらしい。カウンターが示す1974。その数字のズレは固まった過去ではなく、つながりと変化の印。デザインもいい。むちゃくちゃにセンスがよかったから、アヴァンギャルドな内容を若い人が書いているのかと思ってたんだけど、読んでみると大学教授が自叙伝的に記す戦後民主主義の話。政治の季節は終わっていなかった。読んでいる途中思わず背中がゾクッとした。装丁も内容もいいなんてなんてすばらしい本なんだ... 続きを読む »
通勤時、往路は本作、復路は先に感想をいれた「八月の博物館」を読んでいた。偶然とはいえ、両作品とも、著者が過ごした小学6年生時代の話となる。正確にいえばフィクション・ノンシクションと違いはあるけど、こんな繋がりで読むことが出来たことは、大変におもしろかった。1974年、東京郊外、東久留米市、滝山団地。著者小学6年生時代、団地に隣接した滝山小学校に6年5組という「核」となる教室が出現。班行動とか苦手だ... 続きを読む »
2010.4.13 読了。 団地、社会主義、教育、郊外などに興味ある人はぜひ読んでみるといいとおもう。 牧歌的であり、不気味なノンフィクション。平成20年度講談社ノンフィクション賞受賞。 1974年、東京都東久留米市のマンモス団地のことを回想。滝山団地・東久留米市立第七小学校で形成された不気味な児童たちの民主主義の成立とその欺瞞。「滝山コミューン」の成立と崩壊。 全共闘という政治の... 続きを読む »
特定の時期がおかしかったのか、相対的に昔というものは大抵のところおかしく見えるものなのか、あるいは、個人的な最近の幸福感に左右されるのか。よくわからないな。
西武池袋線沿線西多摩地区のマンモス団地「滝山団地」を舞台に、そこの住民の子息が通う公立小学校で行われた日教組全生連のソビエト式集団教育を、当時の先端的な気性に富む団地住民の意識が自然と支持していくことで熱気を帯びていく、当時小学生だった筆者が抱いた「あの時のいや〜な感じ」をルポ。局地的でかつ、ある一時期だけ出現した狂騒は、筆者にとって間違いなくひとつの記憶でありひとつの史実であって、歴史の全体像の中に埋もれさせたくない、という主張に共感する。
あの先生の著書。
あのひねくれた根性はここで作られたのかとも錯覚するような内容だった。
同世代の人が共通でもっている、「学校生活」の思い出って意図されていると、大人になった今なら納得できるが、現役のときには知りたくないな。
天神2008/07-
今の学校ではこんな事はできないと思う。なんで こんな先生が強いんだろう。班活動とか ないし。ストライキとか ないし。
ボク自身は1980年代中旬に小学生高学年を迎えているのと、団地ではなく地方の割合昔からある住宅街の小学校だったために本書で描かれたようなことは無かったと記憶しているが、それでも班活動や休日の課外活動はあった。でももう少し時代が経ているせいかイジメを作り出す元となりうる「ボロ班」という概念はなかったし、
学校・保護者がタッグを組んで学校改革に乗り出すという革新的な団地を紹介。
自分の小学校(すっごく田舎)と比べると考えられないほど子供が子供っぽくなくてなんかイヤだね〜。筆者とは特に友達になりたくない感じ。

本を探すとき、「ああこの本が読みたい」と思って
タイトルをメモして、そのメモをずっと持ち歩いていながらも
なかなか見つからなかったり、探しに行く時間がなかったり、
そうやって、いつまでもたどり着...






