- Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062161961
作品紹介・あらすじ
「妖怪学」の「元祖」東洋大学で120年ぶりに復活!マスコミでも話題になった人気授業の実況中継。
感想・レビュー・書評
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東洋大学での講義内容を元にした本。
著者は上記大学の教授で、神学やら道教やらの研究をしているらしい。井上円了に関する論文も幾つか書いてるみたいで、自分はそれを読んでこの本に興味を持ったわけです。
内容はまあ、ある程度民俗学だとか妖怪学、怪異学に関する本を読んだ人には物足りないように思われる。やはり文系理系織り交ぜて様々な学部生を相手にする講義なので、あまり踏み込み過ぎた事は話せないんだろう。
しかし、流石は大学のセンセイの話術というか、本文を読むと引き込まれる。「妖怪って何だか怖いな」とか「妖怪なんてバカバカしい」というような偏見を持った読者でも、読後には妖怪とか奇妙な現象にも興味が湧いてくるのではなかろうか。
不思議なこと・ものに興味のある方は、ぜひ読んでみて欲しい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
井上円了先生の東洋大学で行われた妖怪学の授業まとめ本。
実際その授業参加してみたかったからこういう形でも本になって見られるのは嬉しい。 -
大好きすぎる。
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東洋大学の祖である井上円了先生の講義記録をもとに、現代に則した内容にアレンジされた妖怪学についての講義の書籍版。
実際に講義をしているかのような語り口調で書かれており、学生からのコメントシートの内容まで掲載されており、実際に講義を受けているようであり、記憶に残りやすい。
講義形式で書かれているため、情報量は少ないが、頭に残しておける情報量を考えるとちょうど良いのかもしれない。
文学や絵画、多岐に渡る事象を妖怪学と絡めて講義している点に興味を惹かれた。 -
本書は、全学総合講義「妖怪学リニューアル」の実況中継。授業での学生とのやりとりを交えつつ、そこで学ぶべき「本質」がユニークかつ学術的にまとめられている。「妖怪学」は東洋大学創立者・井上円了博士が約120年前、迷信に左右されない近代的思考、つまり自分自身で考える姿勢を身につける「哲学の第一歩」を示すために開講した講義だった。
著者である東洋大学の菊地教授をはじめ、複数教員のオムニバスで展開する現代版「妖怪学」。「妖怪」というキャッチーな“きっかけ”の先に、私たちが人間の本質を見つめるために必要な諸科学・知識との出会いがあり、学ぶことの深さを教えてくれるはずだ。 -
あ、これは売っちゃったのか。売っちゃったんだなぁ。
円了先生創始の東洋大学で、あの「妖怪学」が120年ぶりに復活したそうで。その講義録でございました。
妖怪学の中では入門編かな。内容はそんなに目新しい内容はなかったかも。けど受けたいこの授業。 -
妖怪学はあらゆるものに繋がっている。妖怪という非科学的で非現実的なものを科学だけでなく、民族学、文化人類学、物理学などあらゆる学問に通じて否定することを前提とした「学問」として位置づけました。妖怪そのものを考えていく上では、大学の講義形式ということもあって読みやすく、わかりやすかったです。妖怪の知識を得たい人が初めに読むのは吉。難しすぎず、けれどしっかりと妖怪がなんたるかを理解できると思います。
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明治20年の哲学館における最初の科目には哲学、倫理学と並んで妖怪学という科目が既にあった。
なぜ妖怪が九があったのか。人が妖怪といって恐れているものは実は迷信にすぎない。そんな迷信に惑わされてはいけない。迷信ばかりではない。思い込みや偏見にとらわれることなく、自分の芽で確かめ、自分の頭で考えることは不可欠である。つまり妖怪を恐れないことが自らものを考える営みとしての哲学の始まるである。
幽霊と妖怪は別物として考える。幽霊は定められた時に特定の相手を目指して現れる。それに対して、妖怪は特定の場所に現れて相手を選ばない。つまり妖怪は場所に、幽霊は人にあらわれるものとして区別した。
妖怪は民俗学の色彩が強くあるが、かたや幽霊は文学的な要素を多分に持っている。浮世の人間模様が背景にあるからこそ、幽霊話は文学であり、人情話にもなるわけです。 -
東洋大学創設者が始めた『妖怪学』を120年ぶりに復活させた講義の記録。
水木しげる的な眼に見える妖怪ばかりではなく、『道理で解釈できない不思議な現象』を妖怪として定義して進めているので因果応報から食べ合わせまで幅広く扱われていた。
講義を受けた学生との問答もあり、かなり読みやすく楽しめた。