文庫版 死ねばいいのに (講談社文庫)

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著者 : 京極夏彦
  • 講談社 (2012年11月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (466ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062773515

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文庫版 死ねばいいのに (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • ずっと気になってたタイトル。作家に疎い私でも京極さんの名前は把握してたし、凄い文才のある作家だって事も感じてた。でも如何せん書店の陳列棚に鎮座する文庫本でも圧倒される分厚さに尻込みしちゃってなかなか手に取る事が出来なかった御方。このボリュームならばと・・・。
    本作は会話が中心からか、いや、中断する時間が惜しい位に引き込まれて飲みの誘いを断ってでも読書を優先したのは初かも。
    読了して暫く放心した。改めて京極夏彦スゴい…。後味は決して良くはない。でも何を伝えたいのかとか上手く言えないけど感じるものがあった。
    食わず嫌いせず、京極堂の住む世界も見てみたいと思う。

  • 死ねばいいのに。
    私が一番嫌いな言葉です。
    軽々しく口にしていいことではないし、思うだけなら自由ってもんでもない。
    本当に「そう」なってしまった時に言霊の可能性に震えるくらいなら一生その口を閉じてろ、と思う。
    その大嫌いな言葉をタイトルにしている本書。
    さぁどんな内容よと挑むような気持ちで読み始めました。

    ですが、結果的に私の完全な勘違いでした。
    ここでの言葉は、呪いでもないし、凶器でもない。
    単なる提案でしかなかった。
    つらい。苦しい。もうどうにもならない。じゃあ、「死ねばいいのに」っていう一つの提案。
    裏もないし、嘘もない。当然悪意もない。

    一人の男とある事件の関係者の会話を通して明らかになるのは、
    不満ばかりを言って何もしない私達の愚かしさ。
    本当に、死ねばいいのに。

  • ただ一言「ごもっとも!」
    素晴らしい本だが,とつぜん友人にプレゼントしたり,同僚の机に無言で置いたり,上司にお歳暮で送ったりしてはいけない。

  • 何気に初•京極さん!
    水戸黄門が覇気のない若者になって、「この桜吹雪が目に入らぬか」が「死ねばいいのに」に変わっちゃったみたいな。
    そんな気ないのに相手の懐にズンズン入って強制的に救済していっちゃうような。
    そんな短編集。
    うう、面白い…

  • 痛快。一気に読み進めてしまった・・・。

  • 衝撃のタイトル。文庫化ということで即購入。
    確か京極夏彦さん初の電子書籍というアオリにこのタイトルで、出た時はたまげたもんです。

    最後の最後、健也の告白というか語りでズドンと衝撃を受けた幕引きでした。

    健也との会話で、内面がボロボロと露見していく。人の嫌な部分を見る思い。狂言回しになんだか騙されたような気になりながらも、巻き込まれ引き込まれ、語りに落ちてしまう。最後の最後は憑物落としになっているのかな。

    死んでもいいや、現状で死にたい、と思えるくらい幸せな状況って、何なんでしょうね。私も現状に大いなる不満はないけどねえ、亜佐美のようにはなかなかなか。

    にしても、なんだか珍しく生きることへのエールというか、説教というか、なんだか読者たちの人生へのメッセージがあるように感じましたね。タイトルほど内容は暗く重たくはなかったですし。

    仕事してだいぶ経ちますが、失敗して怒られても、「なーにタマ(命)までは取られないよ」と思えれば、何とかなるもんですよね。死ぬほどでもないと思えれば幸せなもんです。
    ま、このように読書を満喫できるってこと自体、幸せなのでしょう、わが人生。

    表紙のオブジェ、菩薩なのね??特に関連も解説もなかったけど・・・救済のお話だったと思えばさもあらん、か。菩薩らしからぬ造形にお見受けしましたがね。

  • 待っていた文庫化。
    衝撃的なタイトルの本作「死ねばいいのに」
    ケンヤの軽い口調が、物語のアクセントになっていて決して楽しい話ではないのに読むのが止まらなかった。
    人は愚痴愚痴と文句をいう。愚痴を言う。あっさりとタイトルの言葉を言うケンヤが怖くもあった。
    まるで自分に言われてるみたいでどきりとした。
    ラストも驚かされた。

  • どうなんだ。
    どうなんだ、これは。
    なんなんだ。
    なんなんだ、これは。

    としか言えねえ。

  • 「死ねばいいのに」

    もう、このインパクトのあるタイトルで、言ったモン勝ちだろう。

    どういう状況で、こんなことが言えるんだろう?

    死ねばいいのに、ってどういうことなんだろう?

    「一人目。」「二人目。」と進むうち、噛み合わない会話から何となく見えてくる、人間の本性みたいなもの。

    そして、「五人目。」のラストでぶっ飛んで、「六人目。」で、「死ねばいいのに」の意味が理解できた。

    だから「菩薩」なんだねぇ。

    いやぁ、いろいろな意味で、ぶっ飛んだ内容の小説だった。

  • 今さらながら読みました。しかし京極作品は漢字が難しい…。面白いけどね。なんとなくだけど、6人目はナシでもいいよ、って気もしたな。でも作品自体に引き込まれる感はハンパないですね。

  • 最初は「なんだろう」と思っていたが、読み進めるうちにすっかりのめりこんでしまった。そして、「ああ、こうなるのか。」一つの言葉でここまで物語が展開していくとは。それにしても、ケンヤの描写がとても痛快だ。

  • 自分勝手に作り出している暗闇をリアルに表してる本

  • 京極さんは中学時代から、京極堂シリーズしか読んでいなかったのだけど、短編を初めて読んでみた。
    殺害された「あさみ」の事を教えてくれ、と尋ねて回る男と、あさみと関わりのあった人たちの会話。
    男は所謂社会人としてのマナー、礼儀、教養がなく定職も持たない。自身でもそれを自覚している。
    対するあさみについて話を求められた側の人たちは、いずれも自身の報われなさ、境遇を嘆き、憤り、自分は悪くない、運が悪い、周囲に恵まれていないと「自身」を語る。

    一人目。二人目。と読むうちに、まず率直に感じたのは「あぁ、いる。こんな人周りにいるわー」ということ。なんで、どうして、でも、だって・・・自身を顧みず、変わろうとせず、視点を切り替えられない人の多いこと。こんなことを思う私も烏滸がましいのだろうか。
    もちろん自分を庇ってしまう弱さは誰にだってあるけれど、それで全て埋め尽くされたら終わりよね、と改めて感じます。まさに表題。
    男には世間体も見栄もプライドもないから、そんな彼らにざっくりと切り込む。まさにそれ!と同感すると同時に、痛い部分もある。

    最後に垣間見えた、「あさみ」は一体何をどう考えたのか。幸せってなんだろうか。人の価値観によって物事の受け取られ方は大きく変わるもので、知りもせず決めつけることも多くて。
    ミステリーというか、自己啓発のような。

    主人公の口調が耐えられない方には向かないかも。
    次第に慣れますが、ラフより固めで、美しい文章が読みたい派なので、ちょっと困惑しました笑

  • 犯人探しにの謎解きミステリではない。犯人であるケンヤが殺された亜佐美の関係者に話を聞きに尋ね回る。皆自分を正当化し、自分の生き方に常に言い訳めいたものをもっている。口のききかたも分からないケンヤだが、各人の話からその本質を突いて一言、「だったら、死ねばいいのに」。
    各関係者はそれぞれ特殊な身の上だが、少なからず誰しも理解できる部分があり、自分も同じ穴のムジナかも?とゾッとする。

    ケンヤのセリフ、カギかっこセリフの直後にカギかっこなしのセリフがぽろっと続く。で、実はこのセリフが重要だったりする。このあたりが実ににくい。

  • 殺された女性の周辺の人間に女性のことを尋ねる無礼な若い男が現れる。

    タイトルの死ねばいいのにのニュアンスは相手の死を望むほどの憎いということではなく「そんなに文句ばっかりなら生きるのやめちゃえば?」というくらいのライトさ。
    周囲の人達の抱えるうっ屈が男との会話でいかにその不満をわざわざ自分で大事に抱えているかをつまびらかにされる。地位も学もない男が一番まっとうな考えを最後にばーんと示すのが痛快。
    「亜佐美のこと何も知らねぇ」と漏らす健也に読みながら自分も瑣末なことに振り回されて大事なことが見えてないかも…とわが身を思い返したりした。

    オチがちょっと弱く感じたけど健也と周囲の人の会話に導かれるストーリー展開に引き込まれ、一度読み始めるとなかなか途中で止めることができなかった。
    日々の理不尽なあれこれで心を閉じてる人には新たな視点を開くヒントを見つけられるかも。

  • タイトルの意味を、「あんなやつ死ねばいいのに」っていうニュアンスなのかと思ってたら、そうじゃなくて「そんなに辛いんなら死ねばいいじゃん」っていう話だった。主人公の若者言葉と同じ台詞の繰り返しにイラっとしつつも面白く読んだ。

  • ワタライケンヤなる人物が死んでしまったアサミという女性のことを関係者に聞き回る。
    会社の上司、隣人、母親、彼氏、取り調べた警察官に。
    それぞれ皆、建前をケンヤに話すうちに、ぽろっと漏らした本音を捕まえられ、みるみるうちに本音を引っ張り出される。
    そして最後にケンヤは言う。
    「死ねばいいのに」と。


    後味悪いけど、とってもおもしろかった。
    ケンヤは自分は頭が悪いとよく言うけど、理屈を通す回転の速さがある。
    そして怖いのは、関係者に向けられる「死ねばいいのに」は、
    そのまま読み手の自分に向けられること。
    すべては周りが悪いんじゃない。
    原因は全部自分。
    だから思う。関係者も、自分も。「死にたくない」って。

    解説の「強制的救済」という言葉がとても的を射ていた。

  • ほぼ一気読み。そしてやられた!怖い!!怖いです、このラスト。最後の最後で明かされる真相、そして決して明かされることのないある女性の心の深部。また時間を置いて再読したいです。彼と彼女の一挙手一投足が、読み終わる前と後ではまるで違って見えてくるから。

  • 表紙のイメージから受ける内容と、実際の中身とで、タイトルの意味がいい意味でかなり違った。

  • 辻村深月の解説が急所を捉えている。
    「死ねばいいのに」という一言で快刀乱麻を断っていくのは、読んでいて、こちらの喉元にも刃物を突き付けられるような感覚にさせる。
    日常のそれらしいこと、常識、しがらみに対して、渡来が素直な飾らない言葉で挑んでいく。いや、挑んでいくといよりも、裸で、目の前に立って鼻くそをほじっていると言った方が正しい気がする。
    初京極夏彦であったが、面白かった。

  • 殺されたアサミのことを,アサミの彼氏,母親など,関係者のもとに訊きに現れる謎の男:渡来健也。
    一人目。から始まり,最終章:六人目。に近づくにつれ,だんだんとアサミのことが明らかになっていく。
    …のか?
    ケンヤの言葉ではないが,アサミのことを訊いているはずなのに 誰もが自分語りしかしない。
    そして明らかになる,それぞれの心のキタナい部分。
    ケンヤは話し方こそいい加減ではあるが,言っていることは核心をついているような気がする。
    (私も自分語りをするきらいがあるから,ぐさっと来た)
    久々に読む手が止まらなかった。

    最後に,辻村深月の解説より,なるほどと思った言葉。「封じるというほど強くない軽さと重さの間の力で,京極夏彦は私たちを金縛りにし,生きる側に止める」

  • 一人目。から六人目。まで、殺された女性の関係者目線で語られる被害者像。
    次はどう語られるのか、手に汗を握りながら読み進めるけれど誰も彼女の事を知らない……
    実際に自分を顧みて愕然とする。私は、交際相手の、友人の、家族の…何を知っているのだろう。そして一体誰が、私という人間を語れるほど知っていてくれるというのだろう。
    犯人は想定内でも動機は想定外。
    読了後、インパクトあるタイトルが更に引き立つように感じました。

  • 5人目。で、なんか突然、あぁ、って思った。

  • 「上手いな」「流石だな」と思ってしまう。
    現代の<闇>なところを、ちくちくとつついている。

    読み始めると、とにかく登場人物たちの言動にイライラさせられる。
    それが、延々続いて、ラストもなんだか救われない。

    私は、タイトルの「死ねばいいのに」という言葉は嫌いだ。
    TVなどで、お笑いタレントなどが気安く使っているもを
    聞くだけでも不愉快になる。
    ましてや、身近な人が使っていたりすると腹が立つ。
    なので、大好きな京極先生の作品とはいえ読む予定はなかったのだが、
    友達に借りて読むことに。

    やはり、たやすくこんなことを言うべきではないと思うけれど
    小説の内容としては、「なるほどね」と思わずにはいられない。

  • 雁字搦めになった5人を、現代のフリーターの少年が訪問していく。彼らの知る鹿島アサミについて聞くが、みんなが自分のことしか話さない。それだけ、自分で勝手に追い詰められていた人たちだったから。
    しかし彼らは、『死ねばいいのに』と言われて拒絶する。それは、こんなガキに言われて死のうとは思わないからだろうが、『他のきっかけ』で背中を押されたらどうだろう?
    一人目のサラリーマンの数少ない支えであった、『仕事が認められていなくもない』というのが取り除かれ、会社から「死ねばいいのに」と言われたら? 世間に「死ねばいいのに」と言われたら? そんなきっかけで死ぬ人はきっと大勢いる。そうでなければ、この国に年間で三万人も自殺してはいない。だからこそ、きっと彼らはこの後どこか一部は救われた。死ぬ以外の可能性にも目を向けられたから。その呪いの効果は、きっと同じ状況にある読者にはより効力を持っただろう。京極夏彦の狙いもそのあたりにあるのだろうけれど、今自殺しようとしている人こそ読むべきだろう。そう考えると『死ねばいいのに』というタイトルは、狙い通りの人が思わず手に取ってしまうのではないだろうか。

    渡会健也について考えるのも面白い。上のようなことを考えていたから、現代版京極堂なのか? と途中まで思っていたけれど、その考えは誰がアサミを殺したのかを察せられる段階に来て、否定せざるをえなくなる。
    結局、ケンヤが度々口にしていた『引きこもり』についての言葉や、彼の態度が答えなんだろうと思う。たいていのことはどうでもいいし、労力を使ってまで欲しいものもないのだ。だから彼らは縛られず、縛られている人たちが自分で勝手に縛られているようにしか見えず、知恵も思慮も必要とせずに
    「そんな苦労して何の成果もないなら、死ねばいいんじゃないの? 生きていることが苦しみしかないんでしょ? わっかんないわー」
    と『素直に』思えるのだろう。アサミについては、別の理由だろうけれど。弁護士がケンヤを理解できなかったように、ケンヤも彼らを理解できない。それでも、ケンヤも話に出る引きこもりは「知足」を知る点で、昔であれば賢者であったろう。現代は、一点の智を極めても立ち行かない程度には複雑だ。まぁ実際は、引きこもりながら手に入らない物を欲しがって醜態を曝す人間も多そうだけれど。働こ!!

    表紙はアサミと思われる女性と、『菩薩』の文字。
    『このため菩薩は、「覚りを求める人」と「悟りを具えた人」の二つの意味で呼ばれる』(WIKIPEDIAより)
    前者はケンヤで、後者はアサミかな? 詳しい京極夏彦なら、もっと深い意味を配置しているのかもしれない。ともあれ、面白かった。

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