下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
3.63
  • (42)
  • (103)
  • (78)
  • (18)
  • (7)
本棚登録 : 992
感想 : 108
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062883634

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 考えさせてくれるエピソードがたくさん。

  • 人が集まる文化の創生が重要

  •  子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育園に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること。
     私は、この視点が、いまの少子化対策にかけている部分だと考える。(p.19)

     (小豆島)人口の少ない離島で町作りを進めようとすれば、人びとは複数の役割をこなさざるを得ない。しかしそのことが、かえって人々の自主性、主体性を強める。本来、人間はいろいろな役割を演じることによって社会性を獲得していく。村芝居への参加が、若者たちの教養教育の場として機能したのも、演劇が、いくつものポジションを同時にこなさなければならない、あるいは、その役割を流動的に変化させていかなければならない芸術だからだ。(p.50)

     繰り返す。四国が鎖国できるなら、小豆島の子どもたちが一歩も島を出ずに一生を過ごせるなら、その土地に生きる子どもたちにコミュニケーション教育などいらないのかもしれない。文化資本の議論など、余計なお世話かもしれない。しかし、橋は3本架かってしまった。小豆島の子どもたちの多くも、一度は島を出ていくのだ。そこから先は、「どう伝えるか」がどうしても問われる世界だ。そしてそれを教えていくのは教育の責任だ。(p.111)

     この十数年、日本の教育界では「問題解決能力」ということが言われてきた。しかし、本当に重要なのは、この点、「問題発見能力」なのではあるまいか。
     私は、福島の子どもたち、若者たちにも、このような視点を持ってもらいたいと思っている。自分たちを不幸にしているものは何なのか。それは、どういった構造を持っているものなのか。きちんと直視するだけの力と、それを引き受けるしたたかさをも持ってもらいたいと願っている。(pp.153-154)

     自分たちの誇りに思う文化や自然は何か。そしてどんな付加価値をつければ、よそからも人が来てくれるかを自分たちで判断できる能力がなければ、地方はあっけなく中央資本に収奪されていく。
    私はこのような能力を、「文化の自己決定能力」と呼んでいる。
    現代社会では、資本家が労働者をむち打って搾取するような時代ではない。巨大資本は、もっと巧妙に、文化的に搾取を行っていく。「文化の自己決定能力」を持たずに、付加価値を自ら生み出せない地域は、簡単に東京資本(あるいはグローバル資本)に騙されてしまう。(p.158)

    文化は、そこに暮らす者たちにとっては、なんとも居心地のいい「ゆりかご」のようなものである。だから、そのゆりかごを揺すぶっても、中にいる子どもにとっては不快感が募るだけだ。安保縫製の議論がかみ合わない理由もここにある。(p.209)

    教育の役割も重要だ。「ネジを90度曲げなさい」と言われたら率直に90度曲げる能力(=基礎学力)をつけるのが、工業立国の教育だ。しかし、そんな従順で根性のある産業戦士は、中国と東南アジアに、あと10億人ほど控えている。それだけでは、工場は次々に海外に移転して行ってしまう。
    「ネジを90度曲げなさい」と言われても、「60度を試してみよう」という発想や有機、「180度曲げてみました、なぜなら……」と説明できるコミュニケーション能力や表現力の方が、より強く求められる時代が来る。(p.229)

  • 劇作家・演出家として知られる平田さんの最新著。Aさんに勧められて読みました。

    〈あたらしい「この国のかたち」〉と副題にあるように、これからの日本社会に対して、ご自身の活動(表現・文化)を通しての問題提起、興味深く読みました。特に、「文化の自己決定能力」に強い関心を持ちました。たくさんの表現に触れる機会を誰もが持つことができる経験を蓄積すること、その上で市民の自主的な活動を支える施策(場所の確保・資金等)を豊かに実施することが重要で、そういう中でこそ人は育つのだと思います。

    音楽好きの僕としては、もっと機会があれば、ライブなどももっと安くいけたらと常日頃思っています。プレーヤーとしての活動はちょっとお休み状態ですが、どこかで再開したいですね。

    本の中では、宮沢賢治の残した言葉が紹介されていました。
    「誰人もみな芸術家たる感受性をなせ 
     個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ 
     然もめいめいえそのそのときどきの芸術家である」

    大阪では公共施設が減らされ、活動をする場所が少なくなっています。この流れも変えないといけないです。

    地域を見つめる目をもっと豊かに深く考えることが、自分の課題だなと思いました。

    お勧めの一冊です。

  • 日本人の私たちは三つの寂しさと向き合い、受け入れなければならない。日本はもはや工業立国ではないこと、日本はもはや成長しないということ、日本はもはやアジア唯一の先進国ではないということ。その寂しさを受け入れられない人々が、嫌韓・嫌中に走ったり、無邪気な日本礼賛をしたりする。

    人は子供の頃から本物の文化芸術に触れることで「文化の自己決定能力」が育ち、この寂しさに耐えつつ新しい時代を生き抜く力を持てるのだ、と筆者は言う。筆者は演劇を通じて地方創生という課題に取り組む。演劇に限らず、文化芸術が社会に(特に子供たちに)対してやれることはまだ多い。
    これからの時代は未来への下り坂をオロオロしながら下っていくしかない。それを認めることで、成長を捨てた代償として得る成熟の果実を、私たちは求めるべきではないか。

  • 劇作家の書く日本の将来、ということで書店で手に取ってしばらく逡巡してから買いました。(ネット検索では決してたどり着けなかった本だと思います)

    内容は、主に四国、福島からみた、地方の視点から、「日本の将来をどうするか」論。

    なぜ若者は都会へ流出していくのか。

    そこに「出会い」があるから。田舎に残っていてもいるのは幼馴染しかいない。

    若者を外に出さない、面白いマチをつくる試みが必要だが、四国には本四架橋が3本かかってしまった。若者は一回外に出る、しかし、戻ろうと思えるようになるためにマチをつっておかなければならない。

    劇作家の視点ってどんな視点だろう、と思いつつ読み進めると工夫と逆転の思考の連続です。

    自信がこの本の中で書いているのは、「我が子の病気のためにアメリカで手術を受けるための募金を集めようとする両親、という劇を書くとする。そのとき一番そぐわない両親は?と考える。医師か。政治家か。NPO法人でアフリカのために募金をしている夫婦である。意地悪なようだがこれが劇作家の思考である。」

    なるほど。

    地域再生本として書かれている本よりずっと参考になる、好著です。

  • 坂を下る寂しさを最も感じているのは著者を含め、我々の世代なのだ。戦争を知らないどころか、安保闘争や全共闘だって知らないに等しく、高度成長期の真っただ中で育った。日本経済が衰退し、人口減少に転じるなんて考えもしなかった。でも、下り坂を下りだして随分と久しいんだよ。上りがあまりに急勾配だったから、今は急降下に思えるけれど、それなりにそろそろ下っていると思う。それこそ「これでいいのだ」。小豆島、城崎、善通寺が「文化の自己決定能力」を向上させて、狭義的には演劇で地域活性化する事例はひとつの参考になる。ただ、文化抜きの地域自立はありえないって極論は、結局都会の模倣を促しているんじゃなかろうか。それにある意味、彼らは未だに上ろうとしてるし。

  • 心を豊かにするのは文化、芸術だ!
    演劇指導を通して、文化人を育て、心を豊かにして、新しい、もしくはその土地ならではのアイデンティティを創造して、世界に発信する。
    中央政権に依存せず、自分、チームを見つめて、オロオロと踏ん張るのが大事ですね

  • 2016年6月新着

  • まあ言わんとしていることは理解できるし、
    こういう考えが必要だと思います。
    でも、大体がどこかで聞いた・読んだ話が、
    多かったかなと。
    後、司馬史観的(司馬遼太郎氏の歴史把握)なものが
    中心となっていて、少し違和感があります。
    司馬氏の小説はあくまで小説で、思想史や哲学、
    人文系論を語るのには違うかなと思います。

    正岡子規
    ”世の人は四国猿とぞ笑うなる。四国の猿の子猿ぞわれは”
    出身ではないですが、子供のころ讃岐に住んでいました。

全108件中 81 - 90件を表示

著者プロフィール

1962年、東京都生まれ。劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。戯曲と演出を担当。戯曲の代表作に『東京ノート』(岸田國士戯曲賞受賞)、『その河をこえて、五月』(朝日舞台芸術賞グランプリ受賞)、『日本文学盛衰史』(鶴屋南北戯曲賞受賞)。『22世紀を見る君たちへ』(講談社現代新書)など著書多数。

「2022年 『撤退論 歴史のパラダイム転換にむけて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

平田オリザの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×